主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【手放す】

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2018年4月9日

あれは東日本大震災が起こったあとだった。


──生きていくのに欠かせないモノやコトが増えすぎた──


そう感じて、身のまわりにあるモノ、これまで携えてきたコト、そして、これからのことをじっくり考え始めた。

歳を重ねるごとに増え続けるあらゆる関係性──モノ・ヒト・システム──を見つめ直したとき、生きていくために欠かせないものがこれ以上増えていくのは本意ではなくなっている自分に気づいたのだ。


──ひとつを得たら、ひとつを手放す──


あの当時はそう結論したけれど、あれからだいぶ時間が過ぎた今、考えが変わってきている。


──ひとつを手放して、ひとつを得る──


それは、どうしても手にしたい「こと」を得るために必要な思考と態度だと感じ始めている。

老いていく母は、まさに今、すべてを手放そうとしている。不自由な身体はもちろん、自分が自分であるという記憶でさえも。先へ進むためには、携えていけるものは限られている──母はそのことを、全身全霊をもって表現してくれているようにぼくには見える。

午後、母が入居予定の特別養護老人ホームの内見から戻って、支えきれなくなった気持ちから逃れるようにしばらく眠りに落ちていた。目が覚めて昼食の後片付けに台所に立つと、緩やかな西陽が射し込む小窓のきらめきが、とても美しいと感じた。磨りガラスに映された新緑の色とアルミサッシのフレームから漏れてくるグローがかった光、その光を受けて生み出された陰のコントラスト、そして、使い慣れた食器や炊事道具たちに反射して出現した眩さを、ぼくはただそこに立ち尽くして、しばらく無心で眺めていた。

しかし、このところのぼくの想像力は、これまで以上に暴走している。


──これもまた、2度とは現れない美──


もし、寸分違わぬ景色をいつか目撃しても、何も感じないかもしれない。

明日が来るかどうかさえ確かではないこの世界で、己の美に対する感覚と渇望もまた、永遠に約束されたものではないのだ。

だからこそ、今日、あの瞬間に、どこからともなく舞い降りてきたその感覚を、どうか忘れないでいたい。


──喜びでも苦しみでも哀しみでも怒りでもない──


言葉では説明し得ない感情や感覚がある。


──それを、ぼくは「美」と呼ぼう──


さて、今のぼくは、何を手放すのだろうか?


──美を追い求めるために必要のない、すべて──


それ以外はもう、何もいらない。


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