主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【新のお盆2018】

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2018年7月16日

新のお盆が終わろうとしている。

母が東京に建てた墓のあるお寺さんでは、この時期、例年法要が行われている。広い仏殿で心を鎮めるのもいいが、どうもぼくは、こうしてひとりを選んでしまう質らしい。

京都で大家族の長男に嫁いで、日々のあらゆることをこなしてきた母は、主人の没後、東京に移ってからは自由な暮らしを求めた。年中行事の多い京都だけに、さぞ大変だったと昔はよく聞かされたものだ。仏壇も、命日だけしか開けられることがなかったのは、きっとそんな気忙しい日常から解き放たれたからに違いない。けれど、だからと言って、母が父のことを忘れていたかと言えば無論そうではない。


「たまに夢に出てくるんや」
「夢に出てくるくらいやから、やっぱり縁遠かったんやろか」


何かの昔話になったとき、何度かそう口にした母をよく憶えている。

父の命日が8月初旬なものだから、ぼく自身もこの時期に仏壇に向かうことはなかった。でも、母の特別養護老人ホーム入居が決まってこの家を出ることになってから、できる限り毎日、仏壇に向かうようにしてきた。

改めて仏壇を見つめると、実に立派だ。そんな立派な仏壇に、ぼくは粗相をしてしまったことがある。

子供のころ、家の中でボール遊びをしていたとき、弾みで仏壇に球が当たった。かなりの勢いで球がぶつかったあと、不穏な音が響き渡った──内側のガラスを割ってしまったのだ──あのときは、子供ながらに謝りようもない気持ちになって、母に素直に頭を下げた。そして、無言でお年玉を返上した。母は叱りつけるようなことはしなかったけれど、セロハンテープで割れたガラスを補修してくれた。


──壊れたものは、セロハンテープかガムテープで貼り付ける──


そんな時代だった。言うまでもなく、今もその跡は残っている。

仏壇の中には、正面に霊鑑が飾られている。父の命日に戒名が記された頁が開かれた状態で。

これまでも何度か目を通していたが、今日、新たな発見があった。

母が話してくれなかったことがある。


──母の両親がいつ亡くなったのか?──


訊ねても「忘れた」というばかりだった。

この霊鑑に、きちんと記されていた。父上は、ぼくが生まれる2年前の昭和43年、母上はその翌年の44年。お二人とも享年71歳と記されている。

昭和45年師走にぼくが誕生し、その明くる年、46年葉月に、父が逝った。

たとえ憶えていたとしても、口にはしたくない出来事の連続…。今になってようやく、母の気持ちを察することができたような気がした。

記憶が曖昧になってきても、昔のことは思い出せることがあるという。今年もまた、父の命日が近づいている。今の母がどんなことを語るのか? そっと耳を傾けたい。


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