主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【希望に満ちた場所へ】

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2018年5月3日

森山開次《サーカス》──。

まもなく開幕する3年ぶりの再演のための稽古が進んでいる。

通し稽古を2度拝見して、2度とも涙が溢れてきた。


──どんな記憶を参照しているわけでもない──


大切だった過去の出来事を思い返すことなど、稽古中は一切感じなかった。

ただひとつだけ言葉としてこころに現れたことがあった。


──ぼくたちは、劇場のなかで時間旅行をしているのかもしれない──


そんなことを思い浮かべながら、ダンサーたちの舞を見つめていた。


「今度も是非お母さんと」


稽古のあと、我らが看板から、そんな言葉をいただいた。


「子供がえりが激しいので難しそうです」


ぼくが付き添えるから、上演に支障がでるようなら退出することもできる。ただ、ご来場いただくお客様のことを思うと、未だ迷いがあるのが正直な気持ちだ。

劇場は、全国から、いや、もしかしたら海外からも、「今日」という日の公演を楽しみに足を運んで下さる方々いらっしゃる場。出演者、関係者全員、ベストなパフォーマンスを届けたいと願って今日まで取り組んできたことは言うまでもない。もちろん、ぼくもその一員だ。


──そこに母が水を差すことになったら──


これまで、たくさんの子供たちに観てもらえる仕事を手がけてきた。その経験からすると、子供たちの方が静かに、真剣に観ている印象がある。しかし、近ごろの母の振舞いを振り返ると、心配は絶えない。

今日、迷いながらも、母に改めてチラシを渡した。

去年の秋、再演が発表になったころ、母はまだ自分の意識をはっきりと伝えられたが、特にこの一ト月ほどの間に、記憶も意思表示も曖昧になることが増え始めた──お陰で再演のことも、話題にするたび、初めてきいたかのように喜んでくれる。

それでも、3年前に一緒に観た《サーカス》のことは、まだ憶えているようだった。


「あれはよかった」


作品のことを話題にすると、今も必ずそう応えてくれる。


──母はもう一度チラシをみて、何というだろう?──


特別養護老人ホームに到着して、受付で面会用紙を記入していると、担当の相談員の方が偶然にも対応してくださった。


──流れのなかにいる──


迷わず、観覧のことを相談した。


「我々にお手伝いできることがあれば何でも仰ってください」


暖かい言葉だった。


話をすれば、母は当然「行きたい」という。ぼくも、叶うならまた一緒に観たい──想定できる状況をシミュレーションして、上演の妨げにならないよう対策をしよう。幸い、劇場の車椅子席は、退席するのも容易な場所に設けられている。


──言い訳はしない──


そう決めたばかりなのだから。ならば、それを見届けてもらおう。

母は何も語らずに、ぼくの決心を試そうとしているのかもしれない。

再び2人で、あの希望に満ちた場所へ──。


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