主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【3年物語──訳などあるはずもない】

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2018年4月27日

森山開次《サーカス》──新国立劇場での再演が近づいている。

昨日、3月の顔合わせのとき以来、初めて稽古場に足を運んだ。初演から実に3年ぶりに作品を観て、思った。


──こんな凄いことに参加させてもらっているんだ──


3年という月日の間に積み重ねたものを感じながら稽古をみつめていて、自然とそう感じる瞬間がたくさんあった。


──人が舞う──


それだけで、なぜこんなにもこころ揺さぶられるのか?

懸命に踊るその姿に、溢れるものを何度も感じた。


──踊るとは、まさに生きることと同じだ──


丁寧に、そしてひたむきに、ひとつひとつ積み上げてきたものが、その瞬間に凝縮されて、輝きを放つ。一歩間違えば、次のステップで足を滑らせて故障するかもしれない──なぜそこまで追い詰めるのか? それが確かな未来を約束してくれるわけでもないのに。


──そこに理由などあってはならない──


生きることも同じなのかもしれない。


──懸命に生きる──


ただそれだけでいい。


この作品を、母と見た日のことを思い出していた。ステージにほど近い位置に用意された車椅子席は、出演者から母とぼくの顔が間近に見える距離にあった。開演後まもなく、ぼくらの前をメンバーが通ったとき、振付の一部として映るような形でそっと会釈をして下さったこと──今でもよく憶えている。

初演が行われた年、新年早々に、母は脳梗塞を起こした。朝、顔を合わせると、顔面の右半分が崩れていた。目にした瞬間にそれとわかる症状だった。そんななか、大きな後遺症も残らず、上演を一緒に見届けられたことは何よりだった。

上演を見届けることは、オファーを頂いてから丸1年かけての、母とぼくの2人の挑戦だった。当時、介護に追われていたぼくは、依頼を一度断っている。何かまた突発的なことが母の身に起こりかねないという不安に駆られていたからだ。

光栄なことに、説得していただき、考え直した。母にもそのことを伝えた。


「この公演を成功させるためには、2人の健康が絶対条件」


それを叶えるために、必死だった。自宅や病院でのリハビリ以外にも、体力維持と頭の体操を兼ねて買物にも同行させた。脱水症状を起こさないよう、1日に飲む水分の量も管理した。食事もそれまで以上に気を使って作り続けた。みまもり携帯を持たせていつでも外出先から連絡が取れるようにした。母は身の回りのことは十分ひとりでこなせたし、よく食べていたし、順調そのものだった。

それでも、明日のことは誰にも分からなかった。

振り返れば、その前夜から予兆は現れていたのかもしれない。帰りが遅くなる旨、連絡をいれたとき、少し会話がしどろもどろになっていた気がした。母を入院させてから、残された水分を摂った記録を記すメモ帳をみると、その夜に綴った時間の数字が歪んでいた。

昨年、再演が決まったころ、既に母は介護老人保健施設に入所してから半年近くが経っていた。


「サーカスはとても良かった。また観るまで生きとらんとな」


今よりもだいぶ会話が可能だった母は、ぼくがその話をするたび、そう口にしていた。

今もたしかに、母は生きている。でも、赤ん坊に近づいている母を、劇場に連れて行くことはできない。ここは、誰もが足を踏み入れられる場所じゃない──それは、母が一番よく知っている。

稽古を見ていて、何度も涙が溢れてきた。3年という時間の間に出演者それぞれが育んできたものが、この作品に新しい表情を映している──稽古場で積み上げてきた時間の尊さを垣間見た瞬間だった。そして、そんなことを忘れさせてくれるほどに、作品に入り込める時間をぼくに与えてくれた。

まだ衣装も着けず、照明も映像もない。もちろん音響も不十分。踊りも「もっともっとできる」とメンバーたちは思っている。でも、稽古場でのレベルでこれだけ魅せられるのだから、劇場でのフルスペックな環境になったらどんなことになるのか?

そして、音楽──開次さんをはじめ、全関係者から受けた影響と支えがあって完成したそれは、今聴いても、果たして自分が手がけた仕事だろうかと耳を疑ってしまうほどの出来栄えだった。開次さんのお導きの賜物であるのだが、よくぞこんなにも細密に、無限とも言えそうなほどたくさんの要素を入れ込めたものだと、制作当時に覗き込んだ己の闇と抱いた微かな希望を思い出しなが、稽古を見つめていた。


──明日を見届けるまで、今日が最後で最新──


再演、という栄誉ある機会を与えていただいたことを誇りに、もう2度とはこない「今」をしっかりこの胸に刻もう。それはもちろん、ぼくひとりじゃない。出演者、関係者、そしてこの作品を見届けてくださるお客様たちと一緒に。

母は、ぼくの目と耳とこの身体を通して、再演を感じることができる。初日を迎える前に、そう伝えに行きたい。


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