【幸運はとめどなく】
2018年3月27日
こんなときでも、腹が減る──。
つまり、これは、たいした問題じゃないということなのかもしれない。
いや、食欲を満たすことによって、苦痛を紛らそうとしているのかもしれない。
いずれにせよ、こんなときでも、確かに腹は減るものだ。
これまでも数えきれないほど繰り返し経験してきたように、また、自慢の想像力が暴走してしまった。午後、打ちひしがれるように、静けさに満ちた居間に仰向けに横たわっていると、電話が鳴り響いた。
──特別養護老人ホーム──
先に受けた面談の結果だとすぐにわかった。
「判定会議の結果、特別問題なく受け入れ可能と結論致しました」
これから空きがで次第、入居の運びになるので、まだまだ当分先のことだと認識している。しかし、また一歩、とてもわかりやすいかたちで、時間軸を先に進められたような気がした。
それはもちろん、母のことだけではない。ぼく自身の時間も、確かに前に進んでいる。
家族と過ごす時間──。
友と語らうひと時──。
大切な人との戯れ──。
そのすべては、限りある時間に絶えず依存している。
──嗚呼──
今年もまた、桜が満開に近づいている。
この桜はどうしていつも、或る出来事に伴ってぼくの目の前で咲き誇るのだろう?
落ち着きを取り戻そうと、しばらく手にしていなかったある短編集を開いた。奇しくも、今の心情を映すような物語ばかりが連なっていた。振り返れば、これは、母が白内障手術で入院したときに病室で読んでいたものだった──今ぼくは、そういう波の中に揉まれているのだろう。
ンーッ
ンーッ
ンーッ
ンーッ
スタジオの椅子に深く身体を沈めてぼんやりしていると、携帯電話のバイブレーションが立て続けに4回鳴った。友人からのメッセージだった。
先日お邪魔したある会で撮影された記念写真が添えられていた。お礼と感想を伝えつつ、いつもと変わらぬ調子でしばし言葉を交わす──。
心から、ありがたいと思った。たわいもない会話に、いつもこうして救われる。
──夕暮れ──
暗闇に沈む前のころ、彫刻のように完全に静止した桜は、やけに物憂げで、かつ雄弁に何かを語りかけるように、そっとぼくの傍に佇んでいる。今の苦痛は、この桜が散るころ、花びらが舞い落ちるように解き放たれることだろう。
あの春のころと同じように。
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