主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと

【夢に出るほど縁遠い】

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2017年8月3日

 

「まだあの人は夢にででけえへんは」

 

母は夢の話になると、よくそう口にしては、いつもの笑顔を添えて大きな声で笑った。

 

続いて父のことを引き合いに出すから、ぼくは毎度のように

 

「おかげで長生きさせてもらっているじゃん」

 

と返していた。

 

昨夜も居間のソファーで眠ってしまったらしい。寝苦しいはずなのに、それでも今は、布団で寝ている寝室より股関節の痛みにはいいようだ。

 

今日は母の介護ベッド返却のためスペースを作ろうと、玄関に置いたままの拙作《ROCKSTAR》を動かしたせいか、痛みが少し強くでていたから、自ずとこの場所を寝床に選んだのかもしれない。

 

いや、もしかすると、理由はそれだけではなかったのかもしれない。

 

 

──午前3時──

 

 

相変わらず妙な時間に目が覚めて、仕事を進めようと居間を出ると、隣にある母の寝室が自然と目に入った。ガラスのふすま越しに居間の灯りが緩やかに射し込んで影を落としている。昼間、ベッドが運び出された後の図とはだいぶ違った印象に見えるから不思議だ

 

 

──今夜、夢に母が出てきた──

 

 

仕事を手伝ってもらうというありえない設定だった。照明作品でも作ろうとしていたのか、たくさんの電球とケーブル、電源タップに囲まれていた。ぼくの作業する場所からは電球が目視できなかったようで、回線チェックのサポートを母にお願いしていた。

 

「ぼくがスイッチを入れるから電気がつくか見ていて」

 

そうお願いして隣の部屋から指示を出すぼく。

 

しかし母はテレビに夢中で、時折作業を中断させるように

 

「ほれ、ここが見せ場なんや」

 

と、大きな声をあげて楽しんでいる。お気に入りの指揮者のオペラかオーケストラの演奏でも聴いていたのだろう。そんな態度を受けて、ぼくはつい苛立って大声で怒鳴ってしまった。

 

 

──母が家にいた頃の、苦しかった日々の記憶──

 

 

認知機能が衰えてくると、人の話を遮ってでも気になったことに反応してしまうことがあるという

 

「人が話をしているとき邪魔したらあかん」

 

幼い頃、構って欲しくて、電話している母の横でうるさくしていたことがよくあった。そのたび、母はきちんとぼくを躾けてくれたのに、自分がそう教えてくれたことが、いまできなくなっている。

 

当時のぼくに、母が認知症になるという高齢者なら誰にでも起こりうる現実を受け入れる余裕があったら、あんな態度で母を叱りつけることもなかっただろう。

 

以前の母なら、ぼくがそんな態度をしたら

 

「怒るんでもケンカ腰じゃなく普通に言ったらええ」

 

と言い返してくれたはずだったが、いつからか、もうケンカさえできないようになっていた。ぼくの苛立ちを見ても、いつも母は何が起きたのかわからない様子で、キョトンとした表情でぼくを見つめるばかりだった。

 

のちに脳の萎縮度合いを測る画像診断検査等を経て認知症の傾向ありだと分かり始めてから、自分でも母の症状について勉強してみると、ある文献に

 

「叱られたことは記憶に残る」

 

と記されていた。

 

母は今でもぼくを誰かに紹介するとき、時折こう口にする。

 

「この子はあれはダメこれしちゃダメと、よく叱るのよ」

 

今夜、夢に母が出てきた。介護ベッドを返した日の夜に──。

 

 

時間はこうして、確かな足取りで前に前に進んでいく。

 

そのことを、絶えず忘れないようにしたい。

 

 

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