主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【夏の夕暮れに】

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2017年7月14日

 

昼間の暑さを越えてこの時間になると、涼やかな風を感じる。こんな夕方に当たると、母がいつも口にしていたことがある。

 

時刻は19時を過ぎて、まもなく面会時間を終えるころになっていた

 

──今朝、決めたことを母に伝えに行く──

 

表に出て、今月から新しく借りた駐車場に向かうと、西の空にとても綺麗な夕陽が映し出されていた。自ずと、あの母の言葉が蘇ってくる

 

 

「夏のこの時間が好きや」

 

 

介護老人保健施設の担当ケアマネジャーもいう通り、母はどんなときも朗かだ。勝手に機嫌を損ねて周りに当たったり、ひとり嘆いたりしたところをほとんど見たことがない。憶えているのは本当にわずかだ。

 

子供のころぼくが迷惑をかけて母の仕事に支障をきたしたとき──

 

反抗期ゆえの親子間の諍いにぼくを叱るとき──

 

そして、ここで暮らしているころ、ぼくの苛立ちを母にぶつけてそれに我慢ができなくなったときくらい。

 

介護が必要になって苦悶するぼくが、母に想いが伝わらず酷く混乱したときにも、母はただ和かにしていた

 

──もう色んなことがわからなくなりつつあったのだろう──

 

母の洗濯物を回収して、読み終えた新聞の束を袋に詰めながら話を切り出した──。

 

 

「自宅中心の生活は、今のままでは無理だと思う」

 

 

──24時間、みまもりが必要になる。公的サービスを利用するにしても、ぼく独りでは限界だということを、昨冬、母が自宅で過ごした100日間を独りで看ながら痛いほど思い知らされていた。

 

もしも母の体力が予想を超えて回復するのなら…しかしそれは、やはり奇跡を待ち侘びるようなことだった

 

──言葉を選んで伝えようとしたのは、現実と同時に、言語では言い尽くせないこの気持ちだ。

 

ベッドに横になったまま母は視線を逸らすことなく、ぼくのひとこと一言にうなづきながら耳を澄ましていた

 

──こんな瞬間が前にもあった気がする──

 

 

「あんたが頼りやから、よろしくお願いします(ニコ)」

 

 

こんなときでも、いつもと変わらぬ母の笑顔があった。

 

 

やはりもう何もわからないのだろうか?

 

今夜の話さえ憶えてはいられないのかもしれない

 

突然、抑えていたものが溢れだした。今夜だけは気丈に…そう期してこの場に向かったけれど、どうにも堪えることができなかった

 

 

──母のようになりたい──

 

 

絶えず朗かで和かで周りを明るく照らすような存在

 

 

──太陽──

 

 

母はまさに、ぼくを照らす光──。

 

 

ぼくの存在をこの浮世に映し出しているのは、紛れもなく、母だった。

 

 

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