主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【想いは伝わるのか?】

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プリンスの訃報を受けて以来、彼の作品を聴き返している。

 

かつては、そのサウンドばかりに耳がいっていたが、ほんの少し英語を嗜み始めたここ数年は、その歌詞の内容が気になるようになってきた。誰よりも「究極のもの」を求めていたに違いにない彼が、その過程での様々な気づきを歌にした…ぼくにはそんな風に聴こえてくる。そう聴こえるのは、ぼく自身の心象を映しているからかもしれない。

 

彼の訃報を受けた前日の午後、母のことについて新たな決断を迫られることになったのは、ここでも記した通り。解のない問いに向き合うかのごとく、今日も意識のあるときは、ほとんどずっとそのことを考えていた──明日のことは、誰にもわからない──ひとつの選択が、明日を変えてしまうこともある。しかし、次の一手が、そのまた次の一手をどうするべきか、教えてくれるわけじゃない──失敗しても、またやりなおせばいい──だからこそ、後戻りできる選択を…。

 

しかしこの場合、それがどうすることなのか? よくわからないままでいる。

 

母に、いつくかある選択肢のことについて話をするたび、心のなかで感じている。

 

──これは、「これが正解なんだ」と、ぼく自身に言い聞かせるための会話──

 

関係者に状況を説明するためにメールを記しているときもそう。

そして…ここにこんな風に綴っていることも…。

 

どんなに言葉を重ねても、ぼくの感じていることが相手に完全に伝わっているのか? 時折、不安になる。いや、伝わっているのかを案じる以前に、そもそも、ぼくが感じていることをぼく自身が完璧に把握して、それを言葉にできているのか? それさえ危うい。

 

そんなとき、プリンスの詩に耳を傾ける──。

  

And love, it isn't love until it's past (Prince 'Sometimes it snows in April' より)

 

ぼくの気持ちは、もう固まっているのだろう。

母も「任せる」と言ってくれている。

 

本当の大きな決断は、その先にある。

だからいま、一歩前に進まなくちゃいけない。

これは母だけではなく、ぼくはもちろん、家族全員のためでもある。

そう、信じて…。