主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【時機 ── 一ト月ぶりの面会と親子インタビュー(2)】

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2019年2月18日

テーブルの上には置く場所はない──
壁に穴を開けることはできない──
つっぱり棒などで取り付けるのは大げさ過ぎる──
安全性も考慮しなければならない──


しばらく思案するも、持ち前のアイデア力がぼくに妙案を授けてくれた。


──望むと必要なものが目の前に現れる──


最近また、そんな流れのなかにいるらしい。

「どら焼きが食べたい」と願えば差し入れをお裾分けいただき、家の荷物を整理して発掘した品品は、まるでそうあるべきだったと思わせるかのようにいまの暮らしに活用され息を吹き返した。

その日も、処分しようとしていた透明アクリル板のことが思い浮かんだ。作品の試作に使ったであろうそれは、角にアールをつけて丸めてある。危険性も少ない。


──額をアクリル板に固定して壁に立て掛ける──


そう思ってアクリル板に額を当ててみると、サイズもぴったり。このまま壁に立て掛ければ、母の居室に置いたオーディオの後ろに浮かぶように額が設置できる…そんな画が浮かんだ。きっと高さもちょうどよくなるに違いない(実際はタヌキの後ろになって、若干高さが足りなくなった)。

一ト月ぶりに母に会ったその日、届けられたばかりのこの額を背景にして、親子インタビューは行われた。

母が家の中で事故を起こしてから、気づけばもう、6年と4ヶ月が経った。


──介護は突然に──


そう伝え聞いた通りの幕開けだった。それからの日々のなかで体験したこと、感じたことを綺麗ごと抜きでお話しした。


母の態度に何度も声を荒げたこと──。
自らを追い詰めて深い闇に沈んだこと──。
介護離職もやむを得ないと考えていたこと──。
母親の老いを間近でみまもり続ける苦悩──。
これから迎える大介護社会への危惧と期待──。
そんな日々のなかで、たくさんの気づきを得たこと──。


そう、介護者としての日々には、たくさんの気づきがあった。今も母に会うと、ただ笑みを浮かべるだけの母から気づかされることがある。ここに長々と書き綴ってきたことは、まさにその「気づき」に他ならない。


──それが、今のぼくの支えになっている──


インタビューの最中、母はいつものように、ただ笑顔を浮かべているばかりだったが、時おり、ぼくのコメントに対してツッコミを入れてくる。


「介護者としての望みは、母を無事に送り出すこと。でも、必ずそれが叶えられるとは限りません。つぎの瞬間、何が起こるかわからない──ぼくが先に逝ってしまうことだって可能性としてはあり得ますから」

「そうそう。先に逝って欲しい(ニヤ)」


笑いの回路だけは、今でも常時開通しているらしい。


──まだまだ安心な証──


この日の朝、台所で朝食を準備しているとき、またひとつ、気づきを得た。


──時機──


「時」に「機」と書いて「時機」──。未だうまく言葉にはできないけれど、その言葉に込められた意味が腑に落ちる感覚があった。

年齢や経験を重ねただけでは分かり得ないことがある。そのときその瞬間=機が伴ってこそ、理を解く=理解のときを迎えられるのだろう──そんなことを感じた。


──そのときが来る──


神話の一節にでもなりそうな文言で書くなら、こう記されることなのかもしれない。


「最後に──。」


インタビューの締めくくりに、今後の施設に期待することを求められた。


──しばらく考える──


沈黙の間を埋めるように発した言葉は、いつもの「冗談のような本音」だった。


「何よりまずは安定経営を」


施設と言えども経済の原理が働いているのは言うまでもない。

次いで自然と口を突いたのは、職員の皆さんへの感謝の想いだった。


──皆さんの毎日が穏やかでありますように──


「いつも我々家族の代わりに苦しい場面をみまもって下さっている様子を知っていますから。これは期待というより、願い、もしくは祈りですね(照)」


期せずして見事な大団円となってしまった。活動報告の一環として掲載する記事を、こんな感動巨編に仕立ててしまうと、妙な疑念がつきまとうかも知れない。しかし、これはまさしく、無意識のなかから湧き立ってきた純真な願いだった。


──ぼくは太陽の子──


満面の笑みで周囲を明るく照らす母──ぼくはその命を受け継いでいる。


──ぼくの全てで世界を照らす──


何と思われてもいい。ぼくはそのために母のもとに授けられたのだ。


──その命を知る──


これこそまさに「時機」なのかもしれない。


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【時機 ── 一ト月ぶりの面会と親子インタビュー(1)】

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2019年2月18日

この6年の間、こんなにも母と顔を合わせなかった日々はなかった。

この一ト月、面会が中止されていた。施設内でインフルエンザが発症したそうで、落ち着くまでの間、一切の入館を禁じられた。

その連絡が届いたのは、母の誕生日から数日経ってからだった。そのときぼくは、あまりに不発に終わった誕生会の後味を解消しようと、ある贈りものを準備している真っ最中だった。


──想い出の写真立てを飾ろう──


居室に置いてある兄とぼくが映った写真をみて、母はいつも笑顔を浮かべている。その様子から、常時目につくところに、母の記憶の支えになる写真を飾りたいと思った。これまで撮りためた母との日々と、母のアルバムから選んだ人生の名場面を集めてプリントし、額装を施した。

古い写真のなかには、母がぼくたち兄弟を連れて京都から東京にでてきたころの様子を写したものやぼくの小学校入学式に桜の木の下で撮られたものもある。最新の写真は、去年の3月5日に自宅で撮影したものだ。父と母の結婚記念日に一時帰宅が重なったので、大きな花束を贈って、いつも母が腰掛けていた場所で記念撮影をした。あの日のことを思うと、およそ1年で随分と子供がえりは進んでいる。


──人は環境に影響される──


そのことを改めて思い知らされるこの頃──ぼくの選択は正しかったのかと、絶えず自問させられる──介護者が背負った宿命だ。

贈りものを用意していた日、プリント端末の前で四角いプリントができると知るまで、このアイデアはなかった。調べてみると、端末によって対応していない機種があるらしく、たまたま出向いた先で対応機種に出逢わなければ、こんなに素敵な額装にはならなかったはずだ。しかも9分割されたスクエアの額も、そのとき店頭で見かけるまで存在さえ知らなかった。


──インスタグラム3D──


育まれた職能を活かすと、こんな仕事もできるのだな、と、完成した額を眺めながら他人事のように関心していた。

品はすぐに手渡せるはずだったが、インフルエンザという見えない壁がぼくたち親子を遮った。


──それから一ト月──


すっかり昼夜逆転生活に舞い戻り明け方から眠っていたある日の正午前、電話が鳴った。普段はiPhoneの機能をフル活用して、就寝中は施設からしか着信しないように設定している。つまり、眠っている間に鳴る呼び出し音は、施設から以外にはありえないのだ。


──なにごとだろう?──


施設からの電話には、そんな不安が必ず頭を過る。

その日の連絡は、予想していた通り、面会中止解除の報告だったが、予想外なことも伝えられた。


──親子インタビューをお願いしたい──


毎月送られてくる会報に掲載するのだという。足繁く面会に行ってはスタッフの方とも対話しているぼくと、いつも笑顔で周りを楽しませている母の組合せは、まさに適任に思える──迷うことなく、ふたつ返事でお引き受けすることにした。

面会が解除になる日に合わせて、今度は、準備した額をどうやって母の居室に設置するか? その解決方法を急いで探す必要があった。


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【自然のリズムに乗って──もう一度、ひとり御膳を】

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2019年1月27日

関東でも積雪があると予報された今日、我が家のある街は幸いにも晴天のままで一安心。昼間の陽射しがあるうちは暖かさえ感じられた。

昨夜は創作で脳が湧いたのか、0時前に作業を切り上げるも、明け方まで寝付けなかった。最近は早起きを実践しているが、寝不足は禁物。ゆえに睡眠を優先して、自然と目が開いた10時ごろに起床した。


「この時間では間に合わない」


今日は贈りものにパンを焼こうと思っていたけれど…。風邪も全快していないことを考えると、これで良かったと結論。早速いつもの朝のルーティンに移った。

朝食は、今日も変わらず果物を中心としたもの。慣れた包丁さばきで黙々とカットし、台所に立ったまま次々に頬張ってゆく。そして締めは、紅茶で喉を温める──ティーパックを買い足しておいたけれど、消費速度はこれまでにないほどハイペースだ。


──1日6杯──


この4日間で、24杯も飲んでいる。最初の数杯は蜂蜜を加えていたけれど、このペースを続けていたら糖分を摂り過ぎるため、その後はストレートのままいただいている。商品の指示通り、しっかり蓋をして90秒蒸らすと、とても美味しくいただけて、朝から心が和む。

風邪の症状もだいぶ落ち着いたので(特に、咳)、午後から予定通り、とある舞台を観に行くことにした。休憩を挟んだ2部構成となっていたので、咳予防のため幕間にカフェで紅茶をオーダーするも、嗚呼、案の定──。出かけた先が劇場でなければ、自宅で淹れた紅茶をポットで持ち込むつもりだった。もちろん普段なら、誰かのためを想って作って下さるところでしかお茶も食事もしない。今日は薬代わり、といったところだ。

上演を見届けて、買物に寄ろうかと考えていたが、すっかり暗くなった外の景色とその寒さが気持ちを家路へと向かわせた。観劇で興奮したのか、少々熱っぽい気もする。


──早く帰ろう──


そして実のところ、近ごろ夜の屋外の寒さに恐怖心があるのだ。それがぼくを一目散に帰宅せよと駆り立てる──2月はまだまだ寒くなるというのに…。風を凌ぐため劇場から地上には出ず、地下通路を進んで電車に乗った。

足早に帰宅して、今夜もまた、昨日と同じ献立を準備。過ぎるほど充実している内容だから、毎日食べても全く飽きることがない。

とくに最近は、千切りした大根が見通せないほどにあれこれと盛ったサラダと、丁寧に取った昆布と鰹の合わせだしをベースにしたキノコとほうれん草の煮浸しがお気に入りだ。出汁を取り終えた昆布は千切りにして鍋に戻している(花鰹は佃煮に)。すると切り口からとろみが流れ出てくるのか、一晩置いたタッパーのなかは、とろとろ──その様子を見つめるだけで、美味いものが目の前にあると脳が反応している。

手前から食べる順番に並べていただく。左利きだからか、時おり配膳が左右逆になってしまったりするが、自分のためだけの支度だから気にしないことにした。サラダは昨日よりも盛付けを少し丁寧に。たまごの白身には、塩胡椒に胡麻マスタードシードを擦り下ろした。サラダのドレッシング代わりにするときもあれば、そのまま飲んでしまうこともある。今日は一口に飲み干した。

──と、ここまで書いたところで急に眠気が襲ってきた。まさか食後血糖値が上がっているのか? いや、これは大掃除で発見して早速使いこなしているホットカーペットのせいに違いない。さらに、今日は久々の外出で少々疲れているのだろう。後片付けをしたら少し創作のなかへ還って、今夜こそ早めに眠ろう。

この頃、朝陽が恋しくなってきた。今までの四半世紀以上に渡る暮らしから想像もできない変化だ。これまでは徹夜明けの朝陽を拝むのが常だったというのに。


──自然のリズムに乗って暮らす──


いつからだろう? 月と地球と太陽の関係が気になりだしたのは。こんな奇跡のようなバランスを保った関係から、ぼくたちは随分と遠のこうとしてきた。それは誰が望んだことなのか?


──そういうもの──


そうだろうか? 


この宇宙に、当たり前のことなんて、何一つなかったのに。


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【快気を期して──ひとり御膳】

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2019年1月26日

ようやく咳も落ち着いてきた。夜、寝ているときにも咳き込むことが多かったけれど、ここ数日、積極的に紅茶を飲んでいることに加えて、処方された漢方薬の効果も現れてきたのだろうか? 怠さも感じなくなってきた。

すると復活するのが食欲。しっかり作り置いた品品を器に盛って、いつもながらに豪勢な「ひとり御膳」が整えられた。

大根の千切りのうえに、アボカドの醤油漬け、生ブロッコリー、酢納豆、蒸し鶏おかかの佃煮と大根の皮と葉のナムル(いずれも自家製)をトッピングしたサラダをこのごろよく食べている。ドレッシングはリンゴ酢、バルサミコ酢、ポン酢、オリーブオイルに胡麻と胡椒を合わせたもの。海苔も刻んで、久しく避けていた卵も乗せていただくと、脳が冴えるような錯覚を味わえる。食後血糖値の急上昇を回避するため(眠気はこのあとの創作に悪影響及ぼす)、酢のもの〜野菜〜キノコ〜タンパク質〜炭水化物という順番で食す。


──満たされている──


今日は朝から起きて、いつものルーティンをこなしたあと、本題である創作に没頭し、夕暮れを見つめながら改めて紅茶をいただいた。そして、静寂のなかで味わう夕食──とても理想的な時間を過ごせている。


──果たして、ここになにかが入り込む余地があるだろうか?──


ぼくはあいにく、預言者ではない。だから今この瞬間を迎えるまで、確かなことは何もない。今、明らかになったこと──それは…。


──なんて美味しい食事なんだっ!──


わかったことは、それくらいである。しかし、それこそが何より素晴らしいことなのだ──それを語らずして教えてくれたのは他でもない。

食の楽しさ、大切さをかけがえのない経験として授けてくれた母に、改めて感謝を──。

これで今日、母に会えたら完璧な1日だったけれど、今はあいにく、面会が中断されている。その理由? それはまた、別の機会に。


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【僕は幸福に抱かれている】

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2019年1月23日

インフルエンザではないという診断を受けたが、先週末に見舞われた風邪をこじらせている。昨日からひどい咳が始まったかと思えば、今日は吐気…。


──僕は幸福に抱かれている──


布団に入って横になったら少し落ち着いてきたような、しないような…。



──嗚呼、色んな人の顔が思い浮かぶ──



Solitude or Loneliness──。


今日はもうこのまま眠ろう。


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【母の誕生日とパンと婚姻届】

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2019年1月17日

今日もまたこの日を無事に迎えられた幸運を噛み締めていた。

今日は、母の86歳の誕生日──周りはそのことを伝えようとするも、本人はそのことを思い出せなかった。まるでそれは、生まれたばかりの赤子が、その瞬間が自分の誕生のときであることを知ることがないのと同じことだった。

ぼくも遠い遠い昔に、理由も分からず祝福されていた幼子の時代があったのだ。しかし、そのときの周りの反応は、今日のぼくたちとは明らかに違っていたことだろう。

施設で企画して下さった誕生会だった。お祝いの歌、母が食べたいと希望を出した出前も準備して下さった。それでもそのときの母は、体調が優れなかったのか、ほとんど手をつけられなかった。ぼくが焼いて持って行ったパンも投げ返すような状態だった。

祝いのパンは、義歯が新しくなったばかりの母には咀嚼して食べるということは難しいと思われた。このときのために施設では真新しい義歯で咀嚼訓練を実施して下さっていたのだが、だからといって、その日その時に無理なく食べてもらえるという期待が叶えられるわけではない。


──これは儀式──


ぼくは、いつからか母との時間をそう感じるようになった。今日の儀式には、母に食べてもらうことより大切なことがあった。


──ぼくがパンを焼くほど丁寧な暮らしをしている──


そのことを母に伝えたかったのだ。

不発に終わった誕生会の帰り道、夕陽を背に車をひとりで走らせ、ぼくはそのことに気づいた。そして、こうして一つひとつ、お別れの儀式を重ねていくことが、ぼくにとっての支度なのだとも。

もう、十分過ぎるほどの時間を母と過ごした。ぼくの年齢を考えると、もしもこれから誰かと人生を過ごすことになったとしても、母との時間以上の年月を共に過ごすことは恐らくできない──それくらいの永い永い時間だったのだ。なのにまだ支度が必要なのか? この6年、介護者として母をこれまで以上にみまもる日々まで授けてもらったというのに…。

そんなことを思いながら、込み上げてくるものを抑えて家路を急いだ。この道は、かつて同じ施設をショートステイで利用していたころ、母と通った道だ。もうこの道を、母と行くことは、ない。


──大きな使命がある──


今日は、大安。約束した婚姻届にサインをする日でもあった。

ぼくをよく知る人ならお分かりだろう。言うまでもない。証人としてのサインである。


「名前が決まったあとすぐに作ったんや」


母から授かった見事な実印を、心を込めて押した。この実印は、これまで数々の仕事の契約書に署名捺印する際に使ってきたものだが、この6年の間は、母の介護に関わる契約のためだけに押されるだけになっていた。


「実印は使うほどいいことがある」
「名は体を表す──名前は大きく堂々と書くんや」


母はそう教えてくれたが、この6年、介護サービスとの契約のたび、署名捺印をしながら「これでいいのか?」と自問してきた。


──その先に幸せがあった──


あまりに見事な物語である。こんなエピソードが待ち受けているなんて…。


──ぼくを、婚姻の証人に指名して下さった人たちがいる──


その事実は、ぼくを育てるために注いでくれた母の献身を讃えるものでもあるはずだ。

嗚呼…。

どんなに言葉を重ねても、未だに拭えないものがある。

ぼくはすべて、遂に何もかもやりきったのだ。母に健やかなる終を迎えてもらうために全力を尽くしてきた──気力、知力、体力、資本、時間…そして、こころ──その全てを、ときに果てるまで注いだ。母がそうしてくれたのと同じように…。今日の母の虚ろな表情は、ぼくへの労いに他ならない。


──支度は、整った──


去年の暮れ、何かを間に合わせるかのようにこの家中を片付けていた。そんなあるとき、不意に「整った」という感覚を得た。師走の寒さに静まる凛とした空気のなかで、どこからともなく澄み渡るような気持ちがやってきたことを憶えている。あれは、誕生日を迎える少し前のことだった。それはきっと、このことだったのだろう。

短い誕生会のあと、疲れて床に伏した母の穏やかな表情を撮影した。カメラを向けると、手すりの隙間からこちらに顔を向けてくれた。4年前、脳梗塞を起こした直後にも入院していたベッドで母の写真を撮ったことがあった。その頃に比べると、今はだいぶやせ細っている。けれど不思議と、ぼくには今の方がいい表情に見える。

これから、母と会う日はカメラを携えていくことにした。迫り来るその瞬間から目を逸らさないように、しっかりと支度の整えられたその日を心に刻みたい。


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【時代の潮流に逆行する日々】

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2019年1月9日

「最高のパフォーマンスには睡眠が大切」
「非効率なマルチタスクはやめてシングルタスクに」
「朝の時間が人生を変える」

今どき、世の中はこんなメッセージに溢れている。

48歳を迎えたばかりのぼく自身の体験として、このいずれの提案も共感できる部分が多いような気がしている。

介護と仕事が並行していたころには、まったく頭の中にスペースはなく、よく考えられなかった。あせる気持ちを挽回しようと眠る時間を削って必死にもがき、今度はうまく行かない現実から逃れようと酒場を朝まで歩いたこともしばしばだった。朦朧とするなかで、「今とは逆の暮らし──朝陽から始まる日々──が叶えられたら」と何度思い浮かべたことだろう。

そんな暮らしを遂に手にした矢先に、その逆…つまりもとの道を進まねばならぬときが早速訪れた。


──トラブル──


暖をとりながらも、防寒し凍えるような寒さを凌ぎつつ自宅のスタジオで作業を続けた。


「嗚呼、こんなときは誰か若者に任せて大将はゆっくり休むべきなんだろう」


そんな妄想が頭をよぎるも、すぐに首を横に振りこれまでを思い返した。


──これでいい──


こうして自力で乗り越える術を身につけてきたからこそ、現場で大きなトラブルを起こさずに済んだのだ。そうして積み上げてきたものが、今日のぼくを守ってくれるている。

昨日もあまりよく眠れなかった。眠気がやってきたときに食器を洗ってから床に就こうと手を動かしたら案の定…。1日の終わりに必ず食器を洗うというビル・ゲイツの習慣を思い浮かべなら、ひとり黙々とシンクまで磨いた。ゲイツは食器洗いという単純作業をこなすことで、何かインスピレーションを得ているに違いない──しかし昨日のぼくには、ただの眠気ざましになってしまった。

いや、実はただの眠気覚ましでは終わらなかったのだ。この6年、寝静まる母の傍らで家事をしながら、いろんな気づきを得た──昨日もまさに、そんな夜だった。

心身ともに凍りついた夜を越えて、ようやく朝を迎えた。日の光を見つめると体内時計がリセットされてますます眠気が遠のくとわかりながら、陽光が今を温めてくれると信じてカーテンを全開にした。それからしばらくして、期待通り、室温は2度も上がった。


──太陽まで、およそ1億5千万キロメートル──


どれくらい離れているのか? ぼくにはまったく想像できない。

鶏胸肉の蒸し鶏を作るときにでる土鍋にたっぷりの出汁を使って、最近はこんなスープを作る置いている。


──キャベツとにんにくの塩スープ──


今日のような寒い朝にはちょうどいい。にんにくと唐辛子の効果も身体を温めるのにひと役買ってくれたようだ。ゆっくりと、穏やかな心地に近づいてきている。

さて、朝陽を浴びながら少しだけ眠ろう。明るいうちにもう一度目覚めて、トラブル対応の続きをするのだ。

そう。問題は未だ問題のままなのである。


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