主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【独りで迎える初めての元旦の朝】

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2019年1月1日

午前6時40分──新年を迎えた歓喜に酔いしれた街は、まだ寝静まっている。昨夜のぼくは今朝のこの時を待ち侘びながら、早々に床に就いた。

こんな風にして、元旦の朝を独りこの家で迎えるのは初めてのことだった。そして、ここから初日の出を拝んだことも──。

なにかを変えようと必死にもがいた3年がようやく終わった。生活習慣はもちろん、主に考え方を劇的に変えようと努めてきた。いずれも時につまずき、後戻りしながらもなんとか前進して、ようやくものになったと感じられるようになったのは、昨冬になってからのことだった。

この静かな朝に誓う。

新しい日々を始める。今日までずっと待ち侘びていたその瞬間を、この目で見届けるのだ。


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【主夫ロマンティック初仕事2019】

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2019年1月1日

晦日の夕方から自宅にこもって、せっせと新年のための作り置きを行なっていた──母に最初に教えてもらった2品を含めて4品が完成。


・鶏肉と野菜のトマト煮
・茄子の中華風肉味噌炒め


ぼくが主夫ロマンティックに初めて変身した日、母に手ほどきを受けながら作った2品──いずれもぼくの大好物だ。


「母のレシピをそろそろ受け継いでおかないと」


そう思った矢先に、それが現実のものとなった。


──願いは叶えられた──



カタチはどうあれ、その事実をずっと忘れないでいよう。


──今年こそ、真の意味での再起を果たす──


願えば、叶えられるのだ。母がぼくの無事の誕生を待ち侘びたように。


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【介護者が口をつぐむわけ──夕陽を見つめて】

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2018年12月31日

夕刻、日が落ちる前に母を預けている施設に着いた。


──母の居室からみた平成最後の夕陽──


あまりの光景に、言葉が見当たらなかった。

この秋、夏場から5週間の入院生活を経てこの特別養護老人ホームに戻った時、母の部屋が東側からこの西側に移された。それは、今日、この瞬間のためだったに違いない──そう思えるほどの光景が目の前にあった。


──ぼくの大好きな大きな西の空がある──


今の母はなかなか身体が起こせないから、写真に撮って見せると、今も変わらない朗らかな笑顔で応えてくれた。

大掃除を終えたことなど話しながら、この6年という時間のことを思い返していた。未だ完全には言葉にし得ない数えきれない気持ちがあった。


──母と過ごした日々のことは、ぼくしか知らない──


そんな膨大な時間に起きた出来事や溢れた想いを他者と共有すること──それはできれば、いくらか楽になれたかもしれない。しかし…恐らくそれは、叶えられることのない望みだ。

介護者が口をつぐみがちになるのは、そのことを体験上、知っているからだ。ぼくもうかつに口にしては、何度も心を痛めてきた。

仮に同じ介護者同士だとしても、想いが通ずることは非常に少ない。それぞれに環境や状況、境遇が異なれば、抱えている想いは噛み合わないのが常だ。まして相手が非介護経験者ともなれば、その状況や介護者が抱える心情が思い浮かばないのは当然のことである。


──多くの介護者は、そうして孤立していく──


大介護時代がまもなく訪れると危惧されている今、一足先に介護を経験したものとして、この体験を必要とされるときに社会に還元したいと思うこの頃だ。しかし言うまでもなく、今にぼくにはそんな余裕はないのだけれど…。

暮らしを立て直そうとして、既に2年が経つ。なかなか思うようにはいかない。

しかし、介護者として節目となるこの年の瀬に、「整った」という感覚を得たことと併せて、実際にこの我が家の環境に整理がついたことは何よりだった。場所も見立ても変わってはいないけれど、気持ちだけは、新しい土地へ移ったくらい違っている。


──生まれ変わったことを祝う──


そう口にして母に会いに出掛けた矢先に、まるでそれを祝福するかのような絶景が授けられた。夕陽は地平線に近づくと素早く沈んでいく。あと1分早くても遅くても、目撃することはできなかっただろう。

今日の母は、いつも以上に元気だった。入歯が未だ破損したままなので呂律が回っていないことは変わりない。それでもたくさん会話した。

話の途中、母は唇に人差し指をかざして一言、ぼくに伝えた。


「そんなに一生懸命話さんでもええ」


ぼくが治療中の喉をかばって声を嗄らせて話している様子を案じてくれたのかもしれない。


──誰にも届かなくていい──


苦しみと切望のなかにも、こうした愛しい時間が、ぼくと母には確かにあったのだ。数えきれないほど、たくさん…。


「今日もこうして2人で大晦日を迎えられることが何よりだね」


そう伝えると、母は少し照れた様子で笑っていた。


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【生まれ変わる──6年分の大掃除を終えて】

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2018年12月31日

2012年10月15日、午前11時30分ごろのことだった。

相変わらずの昼夜逆転状態でその時間まで眠っていたぼくは、聴いたことのない巨大な物音で目が覚めた。同時に、音を扱う身として、その音が何を物語っているのか、瞬時に察知した。

覚悟を決めて母の居室がある二階へ駆け上がった。


──台所の床に横たわる母──


換気扇の掃除中に転落して、左側頭部をコンクリートの床に強打した。

あの日から6年と2ヶ月が過ぎた。途中、横浜に借りていた仕事場を引き上げてくるなどした事情も重なり、管理されないままの母の私物と合わさって、この家の中はモノというモノで騒然とした状況に陥っていた──あれから時間をかけてゆっくりと整え続けてきた屋内環境が、今日、ようやくあるべき姿に落ち着いた。

母がこの家を離れてそろそろ丸2年になる。今年の春からは、特別養護老人ホームに入居した。それは、ぼくが介護者として節目を迎えたことを意味する。

その区切りとして、どうしてもこの家の中をあるべき姿に収めたかった。今年も段階的に進めてきた掃除をだったが、この師走、時に嬉々として連日掃除を気繰り返すことになったのは、きっと無意識のなかでそう思っていたからに違いない。

しかしその実、常軌を逸した行為だと気づいたのは最近のことだ。数日前、ようやく完了の目処がついたとき、晴れ晴れしい気持ちよりも、ぼくは虚しさに支配されていた。

今朝も早起きして、最後の仕上げを行った。窓を磨いて、ベランダの砂埃をかき集めて、玄関を水拭きし、下駄箱を拭きあげた。母の大切にしていた靴はすっかりカビだらけになってしまった。そして、そのほとんどがヒールのついたものばかり──もう履くことはない──数足だけのこしてすべて処分することにした。袋詰めしながら、とても寂しい気持ちになっていた。

玄関を整えて、全ての掃除を終えた。それは、ながいながい6年間の終了を告げる瞬間だった。背負ったものから解き放たれるはずだった──しかし──その途端、膝から崩れ落ち、ぼくは嗚咽した。数日前に感じた虚しさのわけは、これだった。


──ぼくは遂に、生まれ変わったのだ──


この虚しさは、母の不在を受け入れる支度が整ったことの表象──いつか想像したことがある。母が先だったあとにこうして家中を片付ける日々のことを。どれだけ時間がかかるのか? 遺品を見つけてどんなに心揺さぶられるのか?──そんな未来のあるかどうかもわからないことに怯えていたのだ。

もうこれで、この家の中に何が残されているのか? 100%把握できた。怖れるものは、もう何もなくなった。

そう安堵すると同時に、封じ込めていたものが一気に込み上げてきた。


──もう大丈夫──


果たしてぼくは今、そう言い切れるだろうか?

何より喜ばしいことは、これで一切の言い訳を手放せたことである。母のことを言い訳にすることはもうできない。荒れ果てた家が、心を荒ませていた日々とも決別した。いよいよ、あるべきぼくの姿を映し出すために、全力を投じるときがきたのだ。


──今日はそれを祝う日──


全てが整ったところで、母に会いに行ってこようと思う。母の居室から、暮れゆく今年の夕陽を拝んで、年の瀬の挨拶を交わしたい。

正午前、窓拭きを終えてお隣の桜の木を見つめた。穂先はもう随分と大きく膨らんでいる。最近、ひときわ寒さも厳しくなっているというのに、桜はもう、次の春の準備をゆっくりと進めている。

この桜が満開になるころ、ぼくは今日のことをどんな風に思い出すのだろう?

そのとき、これまでの苦しみは全て笑い話に変わる──そう願って止まない。


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【胡麻と胡桃のイギリスパン】

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2018年12月24日

今日も早朝から起き出して、活動開始。クリスマスにパンを焼きながら大掃除の続きを実行したいと、数日前から考えていたのだ。朝のルーティンを終えたあと、温めた豆乳で割ったエスプレッソを飲み干して、早速パン作りに入った。

材料を混ぜ、粉まみれになりながらこね回し、バターの代わりにギーを馴染ませて仕上げた生地を、2度の発酵と焼き上げを合わせておよそ3時間を費やし、ようやく完成をみた。クリスマスにいただく胡麻と胡桃のイギリスパン──焼きたての香りを一番に嗅ぐ至福のとき…なんて愛しい瞬間だろう。

人生2度目のパン焼き体験で、しかも今回は初めての混ぜものをした。そのうえ季節は真冬。オーブンを駆使するもなかなか期待した発酵が促されずやきもきしたが、仕上がってしまえば初回時同様、「過ぎるほど美味しい」魅惑のパンが出来上がった。実は味見と称して、既に半分も食べてしまった次第である。

来月、母は誕生日を迎える。施設で誕生会を催して下さるとのことで、何かお祝いに記憶に残りそうなものを、と思って練習してみたのがこれ。出来立ての香ばしさを楽しませてあげることはできないから、少しでも香りが立つように、胡桃だけではなく、擦った胡麻も加えてみた。そうだ、オリーブオイルも持参しよう。イタリア好きの母がよく食べていたスタイルで味わってもらいたい。

そのときまでに、もう一度、練習する──もう2度とは来ない機会になるかもしれないのだから。

焼き上がりを待つ間、台所の大掃除を行った。これまで手付かずだったところも含めて徹底的に。不思議と、切りのいいところで1次発酵、2次発酵、焼き上がり…と進んでいった。


──近頃また、見事な流れに乗っている──


さて、午後からは我が使命を全うする時間──創作のなかへ還ろう。


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【クリスマスにパンを焼く】

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2018年12月24日

パンの焼き上がりを待ちながら、拙作をながめる正午前──。

嗚呼、それにしてもいい香りだ。パン屋さんの前を向いて通りかかったときと同じ、あの香りに満ちている。

仕上がりが待ち遠しい。

 


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【モノに宿る記憶──介護者生活の節目に】

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2018年12月23日

たしか12月に入ってからだと思う。何かに取り憑かれるように、毎日少しずつ掃除を始めたのは。

特にこの1週間ほどは、超朝型の生活周期に切りわかっていて、それまで眠る時間だった午前4時や5時に起きだしては、まるで作務でも行うかのように集中していた。

大掃除という目的もあったが、始めてみると、やはり節目の年を終えるに当たってやり残したことがあると気付いての行動だったように感じる。


──母の特別養護老人ホームへの入居──


それは、介護者として過ごしたこの6年間のひとつの区切りである。母はこの2年、入退院などが続き家を開けることがほとんどだった。その間に少しずつ整理してはいたけれど、母の帰宅が恐らくもう叶わなくなった今、これまで処分をためらっていたものの整理に着手すべきだと、心のどこかで思っていたのだろう。

そして今日、いよいよその締めくくりとなる場所を掘り起こした。


──母のクローゼット──


クローゼットといっても、物置同然だった。おかげで普段着は収めることができず、寝室に別の衣装棚を設けることになった。ぼくが収納方法を提案するまではひどい有様だったが、この形に落ち着いてからは、自分なりに使いこなせるようになっていた。

ここに隙間なくかけられていた服を、今日、整理してスペースができたクローゼットのなかにすべて収めた。唯一、母が使っていたバスローブだけそのままにした。父の位牌が納められた仏壇の隣に並ぶように。

いつだったか、もうだいぶ昔のことだったと記憶している。このバスローブは、当時ぼくが体調を崩したとき、お世話になっているひびのこづえさんから贈られたものだった。わざわざ寸法を直してくださったのに使う機会がなくそのままになっていたものを、母の入浴介助をするときに活用して、ようやく本来の役目を果たすようになったという一品である。

母は身体の自由が効かなくなっていたので、大きなサイズのバスローブは、とても役立った。特に肩の可動範囲が狭まっていたから、余裕ある大きなサイズは脱ぎ着させるときの負担を軽減してくれた。

脱衣所で脱ぎ着させると、立位で対処しなくてはならず、危険が伴う。そこでベッドでこのバスローブに着替えさせてから風呂場に案内していた。入浴後は、浴室内の手すりにつかまり立ちした状態でバスローブを着せて、寝室のある2階まで介助しつつ上がり、髪を乾かしてから着替えさせる──。

母の身体を洗うのは、はじめとても抵抗があったが、幼いころ、母との風呂の時間を楽しみにしていたことを回想しながら、母に少しでもリラックスしてもらえるようにと願い行っていたことを思い出す。浴槽にもかつぎこむようにして入れていた──入浴介助をしなくなってから、もう2年が経とうとしているだなんて…。

掃除の最中、母が入浴のときに使っていた座高の高い椅子と湯船に取り付けていた手すりがでてきた。いつか、どこかの施設に寄付したいと思いながら、今日も処分できずにいる。使うあてはもちろんないが、クローゼットのなかに収まりのいい場所を見つけて、そっとしまった。

母がたくさんの想い出をモノに宿して手元に残していたように、ぼくも同じことをしている…そんな気がした。


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