主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【家族のメロディ】

https://www.instagram.com/p/BggX-4HlfHz/

2018年3月19日

家族──。
家族──。
家族──。

家族をテーマにした作品を手がけることになった途端に、そのことばかりが身の周りを埋め尽くし始めている。

晩年を迎えた母を見つめながら家族について考え、酒場に出かけて語れば、顔馴染みの店主や常連さんらと自ずとそれぞれの家族の話題にまで及び、挙げ句の果てには「仮想家族」のような振る舞いで宴を楽しみだす始末(ぼくは長男次男末っ子長女がいる父役)。

さらには、このところお祝いごとも続き、憧れるような家族のありかたを様々と目撃。そして勧められたドラマを観れば、想像した以上の家族愛が綴られた物語で号泣の渦に飲み込まれそうだったり…。

肝心の制作中の音楽だが…数日前から頭に浮かんだメロディが完全に定着していて、ずっと鳴り止まない。

求められたテーマに十分応えられそうな旋律であることは申し分ないのだが、音にする前から、もうすっかり心が溢れかえってしまって…今、最も単純な言葉で気分を表現するならこうだ。


──胸が苦しい──


なんだか、とても大切なものを手放してしまったような…そんな気持ち、と言えばいいもだろうか?

そんななか、ふと思い出して、母のアルバムを引っ張りだしてきた。無意識に探していたのは、どうやら、父に抱きかかえられた写真だったらしい。

おぼろげな記憶のなかでは、このアルバムにあったはずなのだけれど、写真のなかの幼いぼくが抱かれていたのは、歳の離れた従兄弟だった。

そもそも、父に抱かれた写真などなかったのだろうか? ぼくの誕生と入れ代わるように先だった父はきっと照れ屋で、そんな写真は残さなかったかもしれない。いや、単なるぼくの記憶違いで、ほかのアルバムに収めてあるのか?

いくら考えても、写真が出てきてもこなくても、今のこの、穏やかではない気持ちは、結局、何ら変わりようがない気もする。

こうしている間にも、頭のなかでそのメロディは鳴り響いている。

「早く音にしてよ」とせがんでいるのか? それとも、このままぼくの頭のなかに留まり、メランコリックな時間を満喫させてくれようとしているのか?


──憶えのある感覚──


遥か昔というには不似合いなほど、鮮明に記憶に残っている瞬間がある。それをこんなタイミングで想い出すきっかけに巡り合うだなんて──ぼくの物語は、ロマンティックというより「センチメンタル」というに相応しい。


──この想いを音楽に変えてしまえばいいのさ──


こうした時間の先にしか、追い求めるものは手に入らない。

バラバラで粉々になってもいい。一片も一粒も残さずに、この想いをすべてを音に乗せて届けよう。


人はどんな時代も、同じようなことをしているものだと、母のアルバムを見返して改めて思った。母の直筆は、このころから変わっておらず、家族がみればすぐに母のそれとわかる字だ。色褪せた台紙は、母が過ごした人生そのもの。この手触りと古ぼけた匂いも、今夜の記憶と共に想い出のなかに刻まれてゆく──。

玄関前を水浸しにして遊んだこのときの記憶は、不思議と今も残っている。


──母が最後まで憶えてくれている記憶は、何なのだろう?──


それを聞き逃さないように、しっかりすべてを見届けたい。

明日、施設で職員の皆さんを交えた面談がある。

最近、母のことについて、ひとりで決めていくことが、だいぶ気が重くなってきている。


#主夫ロマンティック #介護 #介護者 #在宅介護 #介護独身 #シーズン6 #kawaseromantic #介護者卒業間近 #母 #老人保健施設 #入所中 #特養 #入所準備 #家族 #記憶 #川瀬浩介

【pureness】

https://www.instagram.com/p/BgbXHcllFAF/

2018年3月17日

かれこれ知り合ってから10年にもなるアーティストの結婚のお祝いに横浜まで。

ぼくは年齢に関わらず、「さん付」で作家仲間を呼ぶことにしている。それは、相手に対して敬意を払っているという気持ちの表れであることはもちろんのこと、同じ立場で仕事をしている身として、互いにある一定の距離感を保つべき、と考えているから。

ところが、なかには「くん付」で呼んでしまう限られた存在がいる。今日の新郎は、そんな少ない仲間のひとりだ。

物静かで決して多くを語らない彼はだけれど、なんとも言えない愉快さとチャーミングさを備えていて、何より、制作に向かうストイックさと集中力は圧倒的。そんな彼を側で見つめては、自分の模範としたことも多々ある。

その彼が、(やはりぼくより先に)頼りになるパートナーを見つけた。馴れ初めはなんとなく知ってはいるけれど、彼と結婚というイメージが(もしかするとぼくのそれと同じように)繋がらなかった。

今日、かしこまった表情で奥様をエスコートしながら登場した彼を見て、思った。

たくさんの仲間たちから冷やかされて(つまりそれは愛されて)はにかむお二人は、この場にいる誰よりもお似合いだと。


──自然に寄り添っている二人──


こういう間がらだからこそ、自ずとともに歩んでいく選択ができたのだろう。

新婦のお母様はすでに他界されているという。遺影を背に、ロラン・バルト《明るい部屋》からの一節を引用しながら、ご自身の「変化」の決意を語り、感謝の言葉を述べる姿は、どこか神々しささえ感じさせた。

続いて、それとは対照的な、和ませる雰囲気に溢れた新郎からのお礼の言葉をもって、パーティは無事に締めくくられた。

今日、このときに、この時間を目撃できて、本当によかった。自分が彼らを祝う以上に、あり余るものをいただいた気がする。


──pureness──


ぼくはどんなときもそうありたくて、無意識のうちにこの道を選択した。


自らそれを手放すことなど、ない。


#主夫ロマンティック #介護 #介護者 #在宅介護 #介護独身 #シーズン6 #kawaseromantic #介護者卒業間近 #母 #老人保健施設 #入所中 #特養 #入所準備 #結婚 #結婚式 #横浜 #bankartstudionyk #bankart1929 #tadashikawamata #川俣正 #pureness #川瀬浩介

【甘えたっていい】

https://www.instagram.com/p/BgYjkAVlj1Z/

2018年3月16日

先の静岡出張中に報告が届いた母の義歯破損の件──その修復のため、今日は遥々、母が30年お世話になっている横浜の歯科医院まで付き添った。

通常、行きは車で1時間、帰りは渋滞に巻き込まれて2時間はかかる道のり。1番心配なのは、母の体力が持つかどうかである。

今日は、緊急でお願いして予約を入れていただいたこともあり、いつもより1時間遅い時刻からの診察開始予定だった。そのため、下り線の渋滞を案じて、2時間前に母を迎えに行った。

到着するなり、職員の方から報告があった。


「昨日あたりから座る姿勢も崩れていて元気がない様子です」


早速、母の居室へ行き様子を伺うと、確かにいつも以上にぼんやりした印象で元気がない。ベッドに横たわる姿も、少々心配になる雰囲気を醸し出していた。

すぐさま歯科医院に連絡を入れた。次週明けてから早い日にちで対応いただけそうなら延期するべきかと思ったが、既に予約の空きがなかったうえに、義歯破損により通常の食事が摂れなくなってきている問題を早く解消したかったこともあり、30分ほど猶予をいただき、母の様子を伺うことにした。

居室でしばらく話をしていると、虚ろだった表情も冴えてきて、口調も普段の雰囲気が戻ってきた。起き上がれるかと問うと、顔を歪めながらも自力でベッドに腰掛けようと努めてくれた。結果、起き上がるには介助が必要だったけれど、顔色もよく、しばらくベッドに腰掛けて座っていられる状態だったので、上着を着せて、車椅子へ移乗させた。

ベッドサイドに置いた、母の愛した名指揮者=クラウディオ・アバドの写真に手を振りながら、母の口から突然に厳しい言葉が飛び出す。


アバドさん、息子がイジメます」


そんな言葉が本心なのかどうなのか? もはや気にはしなくなっていたつもりだったが、今日はやけに不安にかられる気分だった。


──朗らかな母が喪われていくのだろうか?──


学んだ知識では、認知機能が衰えると暴力的になったり介護を拒否したりといった事態が起こりうるらしい。今の母がとにかくこれまで通り穏やかで明るく過ごしてくれていることもあって、そんなたった一言でも、ぼくはだいぶ過敏になってしまう。

横浜へ向かう道中も、母が口にする言葉が気になって仕方がなかった。


「この先にいくと、もうすぐ我が家やな」


入歯がないせいもあって、ちょっとロレツが回らない感じで、母は前方を指差しながらそう繰り返した。


──家で過ごせたら──


そう願う気持ちは、ぼくも同じだけれど、今、それを伝えても、その言葉は役目を果たさない。ただただ前方を注意しながら、運転を続けた。

今日も変わらず、プッチーニ作曲〈誰も寝てはならぬ〉を聴きながらの移動だった。パヴァロッティの歌唱によって世界に広められたあのテノールのためのアリアだ。

母はこの曲を聴いて、時おり一緒に歌うことを楽しみにしている。今日も飽きずに、往復3時間の間、わずか3分ほどの録音を繰り返し繰り返し聴いていた。

歌の最後の歌詞=「vincero」は、vincereの未来形で「勝つ」という意味だと教えてくれたのは、母だった。それも、つい最近のこと。

改めて、この曲の歌詞がどんなことを歌っているのか?


──調べてみる──


今日の心の揺れは、そのせいでもありそうだ。


「これは、生への渇望を綴った歌なのか?」


歌の意味は様々な解釈ができそうだが、ぼくには、そう感じられた。

口では決してそうは言わない母が「私は勝つ」という部分だけ繰り返し歌うのは、本能の叫びなのかもしれない──そう思うと、余計に苦しさが募ってしまう。


──自慢の創造力が、また暴走し始めた──


医院の待合室から、不覚にも、助けを求めた。


「嗚呼、俺は今、酷く甘えているな」


そんな自覚がありながら、ぼくは携帯電話を握りしめていた。

手短にいくつかのやりとりを交わした。たったそれだけで、心の震えが収まっていくのを感じた。今夕、無意識に甘えたその相手は、見事に適任だった。

義歯の損傷は、幸いにも軽度で、診察は1時間ほどの修復と調整で完了した。脚力がますます衰えていく母を全介助で支えながら、再び車に乗せて帰路に就いた。

大渋滞に巻き込まれる覚悟をしながら、第三京浜上り線の入口へ向かう。途中のある信号で停車したとき、標識をみつめてふと気づいた。


──ここ横浜にもたくさんの仲間たちがいる──


顔を合わせたり、話をしたり、今はそんな機会もほとんどないけれど、願いや祈りは、いつだって、その瞬間に届く──今日、ぼくをここに向かわせてくれた母の無意識のちからを、歌に興じる彼女の傍らでひとり感じていた。

第三京浜に乗ると、雨脚はやや強まり始めた。鈍色に染まった空は、ますます色濃くなっていた。


#主夫ロマンティック #介護 #介護者 #在宅介護 #介護独身 #シーズン6 #kawaseromantic #介護者卒業間近 #母 #老人保健施設 #入所中 #特養 #入所準備 #川瀬浩介

【幸運の証】

https://www.instagram.com/p/BgWrPViF3Be/

2018年3月15日

友人夫妻のお祝いに駆けつけた夜──。

たくさんの仲間たちから祝福される様子をみて、自ずと嬉しくなる自分がいた。

きっと、こんなに愉快な毎日を築き上げるのは並大抵のことじゃない。

でも、それが叶えられるのも「ふたり」がいるから──そんな当たり前のことを感じた夜だった。


──ただそこにいてくれるだけでいい──


主賓は、照れ隠しをしているのか、どんなときも終始とぼけた調子で振舞っているが、ときおりこうして、心に残る言葉をぼくに届けてくれる。

その想いは、ぼくも同じだ。


何をするわけでもない。
何を与えるわけでもない。
何を求めるわけでもない。


──ただそこにいて同じ時を過ごす──


それがどれだけ尊いことなのか…。


──今夜、そのことを再び感じるために、ここにきた──


帰り際にいただいたチョコレートを握りしめながら夜道を歩き、ぼくはそう確信した。


これもまた、ぼくが幸運たる証に他ならない。


#主夫ロマンティック #介護 #介護者 #在宅介護 #介護独身 #シーズン6 #kawaseromantic #介護者卒業間近 #母 #老人保健施設 #入所中 #特養 #入所準備 #お祝い #幸運 #川瀬浩介

【選択──今すぐ実行できる何よりも容易い願い】

https://www.instagram.com/p/BgVlLs1FpKF/

2018年3月15日

笑いに満ち溢れた再会の夜を越えて──ひとりの時間に戻ったあとのギャップに耐えかねている。


迎えた今日の夕暮れ、夕陽に染まった台所の様子が目にとまるのは、この5年半の間で何度目だろうか?


──望んだ静けさに包まれている──


この家のなかが静まり返って、1年以上。この先、いつか母を見送れば、また違った静けさがやってくることだろう。

そうなってしまう前に、再びここに、活気を取り戻したい。


──すべては自分の選択──


それは、今すぐに実行し叶えられる、何よりも容易い願いだ。


#主夫ロマンティック #介護 #介護者 #在宅介護 #介護独身 #シーズン6 #kawaseromantic #介護者卒業間近 #母 #老人保健施設 #入所中 #特養 #入所準備 #静けさ #silence #calmness #static #選択 #makeadecision #夕陽 #夕日 #sunset #台所 #キッチン #kitchen #川瀬浩介

【大切な君へ綴られた物語】

https://www.instagram.com/p/BgVW-tJlLGn/

2018年3月15日

実に些細なことなのかもしれない。それでも、これは紛れもなく、ここ最近続いている「引きのちから」が影響しているに違いない。

先の静岡からの帰り道、乗るはずだった新幹線が停電によって運行停止となった。


──こんなトラブルに巻き込まれるなんておかしい──


強い引きのちからに守られていたぼくは、そう繰り返し考えながら、こう思っていた。


──このトラブルは、吉報の前兆──


突然できた時間を持て余すように、車中で食べる予定だった駅弁を立ったまま頬張り、ぼんやりとホームで戯れる子供たちを見つめていたとき、友人からメッセージが入った。いつも通りのたわいもない、しかしとても貴重なやりとりが続いていたなか、ある物語の一編が送られてきた。


ジャンニ・ロダーリ《パパの電話を待ちながら》


それまですっかり忘れていたことを思い出した。それは、この本のことが随分前から気になっていたのに、そのままにしていたことである。


──電話を待ちながら──


すぐさま、電話をした。この本の存在を思い出させてくれたことを伝えたくて。

すると、目の前に、待ち侘びた帰りの列車がホームに滑り込んできた。

通話を終えたあと、チャットに戻り、帰宅するまでメッセージのやりとりを続けた。


──その本のことが気になって仕方なかった──


荷物を置いてひと息つく間もなく、再び街へ向かった。

今夜、手に入るはずもないと思いながらも、その街で一番遅くまで開いている書店に入った。それなりの広さはあるものの、扱う海外文学の数は知れている。しかし、書店の中を歩いているうちに、なぜか「ここにある」ような、根拠のない予感を覚えはじめていた。

出版社ごとに整理された書店独特の陳列を見渡しながら目指す文庫を探すも、インデックスはやはり日本の作家名ばかりが目につく。海外物など扱っている気配は薄かったが、ある直感がぼくを導いてくれた。


──サン=テグジュペリ──


どの書店でも扱っているはずの名著の側にあるかもしれない──。

あてもなく店内を歩くと、出版社の枠を超えて、海外文学の名著をまとめた小さなコーナーを見つけた。目当ての作家インデックスはもちろんない。それでも「ここにある」と信じて、目線を動かした。

すると、その本は、今夜のぼくには必要ない無数のタイトルのなかに、たった一冊だけ、肩身を狭そうにして背表紙をこちらに覗かせていた──まさに、今夜のぼくの到来を待ちわびていたかのように。


──対峙するすべては、自分を映す鏡──


言葉も音楽も作品も風景も…そして、ひとも。

愛しい娘さんのために綴られたその言葉は、時空を超えて、その夜、ぼくに降り注がれた。


──教えがすべてではない──


親から注がれた大切な言葉を、自分の歩みのなかで自分のものとして育んでいけるか?──そんなことを時折思い浮かべながら、大切な人を想って綴られたこの物語の世界に浸っている。

夜、床のなかで目を通すのが習慣になった。不思議と眠たくなるのは、娘さんの子守唄代わりに綴られたお話だからだろうか?


#主夫ロマンティック #介護 #介護者 #在宅介護 #介護独身 #シーズン6 #kawaseromantic #介護者卒業間近 #母 #老人保健施設 #入所中 #特養 #入所準備 #ジャンニロダーリ #パパの電話を待ちながら #川瀬浩介

【幸運に抱かれて】

https://www.instagram.com/p/BgTDnmIF84K/

2018年3月14日

午後、母の特別養護老人ホームの面談が行われた。この面談をもって入居が確約されるわけでも、いつまでに入居できる保証があるわけでもないのだが、気分は、面談が決まったころから、ずっとざわついている。

身支度を整えて家を出ると、思わぬ春の気配に、なぜだか突然、憂鬱な気分に襲われた


──冬が終わってしまった──


もしかしたら、春という季節を、ぼくはあまり好きではなかったのかもしれない。


──本当に、そうだっただろうか?──


駐車場まで歩きながらそんなことを考えていると、突然、憂鬱な気分のわけがわかった気がした。


──ぼくは既に、選択しているんだな──


2つも3つも同時に可能性を携えているということは、何も選択する気持ちがそこにはないこと。そして、悩んでいるうちは、何ひとつ決めるつもりがないこと──それが、この5年半の介護者生活のなかで得た気づきだ。

今日の真昼の憂鬱は、既に選択してしまった自分への苛立ちと憂い、そして母にどんな顔で会えばいいのかわからなかったからに違いない。

約束の時間より少し遅れて、母のいる介護老人保健施設へ到着した。面談にきて下さった相談員の方とケアマネジャー、そして母は既に席に揃っていた。


「初めにご家族の方とお話したいそうです」


そうケアマネジャーから伝えられ、これまでの経緯などを順を追ってお話しさせていただいた。実際に話を始めると、克明に憶えているのは始まりのときのことばかりで、特に最近の、今に至るまでのことが、ぼくの中でも少し曖昧になってきていることに気づいた。母が、脳梗塞〜心臓冠動脈瘤カテーテル処置〜敗血症と入退院を繰り返していた時期が、それぞれいつ頃でどれだけの期間だったのか? はっきりと思い出せなくなってきている。

 


──数えきれないほどの心の移ろいがあった──

 


それを都度、書き綴ってきたことで、記憶への定着を緩めたのかもしれない。


──もう忘れてもいいこと──
──思い出したければ読み返せばいい──


面談の終わりに、質問を促された。これを訊いてしまうと心証を害することもありうるのだが、訊ねないわけにはいかなかった。


「この先、経口での食事が不可能になった場合、入院等を経て胃瘻が求められるケースも考えられると思います。今の考えでは胃瘻を選択しないつもりでいるのですが、その場合でも、継続的にケアを引き受けていただけますか?」


「緩和ケアや看取りも行なっています。ご本人、ご家族が望まれない場合は、入院を選択せずに施設で見送ることもしています。実際には、施設での看取りを選択される方が当施設では多いです」


──母とぼくは、やはり幸運に抱かれている──


心からそう思った。

先へ進むことについて、だいぶ頭を悩ませていたけれど、もう、何も案ずることはない。そう確信した瞬間だった。


施設内での母の様子など、ケアマネジャーを中心にいくつか確認をされ、今日の面談は終了した。このあと、判定会議を経て、受け入れ可能かどうかの判断が下される。よほどのことがない限り、大丈夫とのことだったが、空きが出るまで、これからどれくらい時間がかかるかわからない。


「あんたのことが頼りや」


今日もそう言ってくれる母に、十分に応えられるように一日も早くなろう。残りの時間がどれだけあるか、わからないのだから。


面談を終えたあと、いつものように、母と少しお話し──あまり話題もなかったのだけれど、母はぼくをじっと見つめて、和かに微笑んでいた。丁度今、入歯が破損して、歯抜け婆さん状態で、顔もシワシワになってきているけれど、どういうわけか、赤んぼうをみているような可愛らしさを覚えた。

それはまるで、ぼくが未だめぐり合うことのない「まだ見ぬ我が子の姿」まで、母が映し出してくれているようだった。

傍にいらした職員の方が声をかけて下さった。


「お顔が似てますね」


そんなこと、自分では思ったこともないのだけれど、最近になって、人からよく言われるようになった。


「笑顔がとくに似ている」


ある知人からはそう言われたことがある。


──母は、ぼく自身をも映し出してくれている──


今日は、優しかった叔母の命日。先立ってからもう9年──。その間もずっと、ぼくたちを支えてくれていたに違いない。


──ありがとう──


おばさん、落ち着いたら、お墓参りに行くから。


#主夫ロマンティック #介護 #介護者 #在宅介護 #介護独身 #シーズン6 #kawaseromantic #介護者卒業間近 #母 #老人保健施設 #入所中 #特養 #入所準備 #幸運 #叔母 #命日 #川瀬浩介