主夫ロマンティック

独身中年男子の介護録──母が授けてくれたこと。そして、それからのこと。

【音楽のちから──ベイビー銀ちゃんたちから捧げる詩】

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2018年1月8日

 

週末は面会が混み合うのであまり足を向けなかったが、そろそろ衣類が足りなくなるころだったので、陽が落ちる前に施設へ向かった。

 

到着すると大広間はがらんとしていた。母も居室で寝ているのかと思ったが見当たらない。職員の方に訊ねてみると、「音楽クラブ」に参加しているとのことで見学させてもらった。

 

 

──ピアノ伴奏!──

 

 

カラオケじゃないところがとてもよい。

 

入居者の方にピアノが弾ける方がいらっしゃると以前伺ったことがある。でも、半身不随とのことで、左手だけで演奏されるらしい。施設にいくと、よくピアノの調べが聴こえてくるのだが、おそらくその方が練習されているのだろう。

 

見学に伺ったときは、ちょうど最後の一曲を歌い出す前だった。

 

 

──〈今日の日はさよなら〉──

 

 

歌い出しを間違える方がいたり、歌詞カードがあるのに自由に歌ったり…保育園の歌の時間を思い出す雰囲気だった。その様子をみていて思った。

 

 

──銀ちゃん──

 

 

シルバーの髪のをしたベイビー銀ちゃんたちは、いま、赤ちゃんのころに戻っている。

 

左手一本の演奏は、メロディが中心だったけれど、要所にはきちんと和音を組み込んでいた。解散時、その方が車椅子に忍ばせていた譜面の表紙は「赤本」。受験の過去問題集じゃなくて、昭和の歌謡曲を網羅した譜面集。だいぶ使い込まれていた。

 

演奏が終わると、母は誰よりも早く手を叩き始めた。それは、かつて一緒にオーケストラやオペラを観に行ったときと同じ光景だった。

 

 

──嗚呼、なんて微笑ましいことか──

 

 

締めくくりに全員で深呼吸をして、1時間ほどのクラブ活動はお開きになった。

 

母の車椅子を押して部屋に帰り、いつもの席に座らせるため、少しだけ介助した。

 

今日の手土産は、チョコレートと新聞。母に見せたい記事があった。

 

 

──星野仙一の訃報──

 

 

大阪生まれの母が阪神タイガースを応援するようになったのは、星野監督が就任してからだった。ちょうどケーブルテレビに加入したころで、毎日、全試合を試合開始から終了まで通して観戦することができたから、食事時に一緒によく観たことを憶えている。長い低迷期から抜け出し就任2年目にはリーグ優勝を果たすなど、その後の礎を作った最も盛り上がりをみせていた時期だった。

 

 

「嫁いだころは野球なんて何が楽しいん? と思ってたけど、今は野球がないと暇や」

 

 

シーズンオフにそう言い出すほど当時の母は熱中していた。

 

訃報のことは、あまりよくわかっていない様子だったけれど、今日は明らかに言葉もはっきりしていて、会話ができる印象だった。

 

 

──これこそ目に見えない音楽のちからなのだろうか?──

 

 

また風邪をもらったのか、少し身体が怠いと話すと

 

 

「疲れるから、早よう帰っておやすみ」

 

 

と…。

 

 

──いくつになっても、親子の関係は、永遠に変わることはない──

 

 

それにしても、ちょうど出向いたタイミングで〈今日の日はさよなら〉か…。

 

まるで、訃報に捧げるかのような歌声だった。

 

 

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【顔も名前も知らない君へ】

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2018年1月4日

 

大きな袋いっぱいに、母の洗濯物が今夜も仕上がった。しっかりアイロンをかけて整えるのは骨の折れる作業だけれど、整った様は無条件に美しい。

 

しかし、こうして家事に熱中している間、ふとした瞬間に現実を考えてしまう。

 

 

──この時間、売上ゼロ──

 

 

自由業者として、なるべくなくしたい無給の時間を、自らこうして楽しんでしまっているのだから、あきれる。おかげで近頃はなかなかスリリングな日々だ。

 

 

──波瀾万丈を望んだのは、ぼくだ──

 

 

この、かつてのキメ台詞を放ったのは実に久しぶりな気がする。

 

「便利になる」ということは、その実、時間に追われる毎日が背中合せにあることを自明しているようなものだ。日常の営みを誰かにまかせて、それこそ正義と言わんばかりに「それで雇用が生まれる」とうたう。見えない誰かのためにあくせく働き、家族や友人と顔を合わせる時間もない。それを穴埋めするように、こうして毎夜、オンラインに紛れ込む…。その環境管理に雇用が生まれ、その対価を支払うためにまた、ぼくらは時間という名の生命を捧げる。

 

 

──この浮世はいつまでも発展途上──

 

 

いつの時代も変わることのないこの未完のシステムがもう少しマシになる日を見届けるまで、ぼくもこの世で歩みたい。

 

顔も名前も知らない君のために。

 

 

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【博士の愛した数式】

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2018年1月4日

 

ずいぶん前に手に入れたままだった小説を、いよいよ読むときがきたらしい。

 

 

──言葉がでない──

 

 

序盤から引き込まれ、飽きるところは一切なかった。柔らかで淡い心理描写と純粋無垢な数学の神秘と美をモチーフにながら、この世の理りと人びとの真理を語る展開に、とにかく心酔させられた。

 

しかし、この体験の強度を表現する言葉が、今にぼくには思い浮かばない。

 

興奮冷めやらぬまま映画版も味わってみたが、読者の心のなかにしか浮かび得ない細やかな情景の移ろいを2時間以内で具象するには無理がありそうだと感じた。

 

いずれにせよ「記憶」、そして「今を生きる」というテーマは、ぼくの目の前にある暮らしと重なり、見事に心を掴まれた。

 

文庫本の楽しみとして、巻末の「解説」があるが、本作のそれもまた秀逸で、ところどころに込み上げてくる箇所があった。小説の誕生秘話を綴ったエッセイ集もあるようなので、そちらにもぜひ目を通したい。

 

そしていつか、小川洋子さんにお逢いしたいと思った。きっと数学のように、神秘を纏った素直な佇まいをされているに違いない。

 

 

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【束の間のデート】

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2018年1月3日

 

正月三が日──この時季らしさを表象する静けさを映したかのような見事な快晴の空が、連日、東京に広がっていた。

 

眠れぬ夜を過ごしようやく起き上がった午後、この空模様を確認して、この一年、習慣化している瞑想に入った。

 

目を瞑り、呼吸に集中していると、今日、始めて妙な妄想に取り憑かれる。

 

 

──ぼくが目を閉じている間、世界はいつもと同じ景色なのだろうか?──

 

 

今日は幾ばくか風が強いらしい。木々のざわめきや風が窓を叩く音が終始聞こえてくる。台所からは、冷蔵庫がコンプレッサーを唸らせている。

 

聴こえてくる世界は、いつもと変わらぬままだったが、ぼくが目を開けるまでは、ぼくに見せたこともない世界が広がっていたかもしれない──そう思うと、なんだか愉快な気持ちになった。

 

 

「大丈夫。ぼくは覗き見したりしないから」

 

 

そんな、ひとりの暮らしの、最も静かな時間を終えて軽く食事をとったあと、処分する予定の増えすぎた蔵書をまとめてから、昨日より少し遅い時間になって母に会いに行った。

 

 

「来てくれてありがとう」

「あんたが生きがいや」

 

 

ここに暮らしてからたくさん伝えてくれたこの言葉を、今日は少し辿々しく、何度も何度も口にしていた。

 

いつも通り、どうでもいい話を母と交わしていると、職員の皆さんがいろいろと声をかけてくださる。

 

 

「今日は、お兄さんと弟さん、どっちの息子さんが来てくれたんですか?」

 

 

母はこの問いへの答えを間違うことも増えてきている。いつも言うように、今となってはもう問題じゃない。顔を合わせているあいだ、母が楽しく過ごせればそれでいい。

 

 

「お部屋にお連れすると、ベッドサイドの写真をみて、この子が今日来てくれた!と、いつも指さして応えて下さるんですよ」

 

 

今ではぼくが知り得ない母の日常を、そっと伝えていただいた。

 

とても些細なことかもしれない。けれど、そのとき、どこか安堵のようなものを覚えた気がする。

 

頭ではわかっていても、心は嘘をつけない。忘却の対象となるなんて、誰も望まないだろう。ましてや自分に生を授けてくれた母に──。

 

そんな会話を挟みつつ、いつもの調子で無駄話を続けていると、母のとトボけっぷりがあまりに愉快なので、今どきらしく全世界に向けてご披露するべきか? と考えたが、無論、そんなことをするつもりはない。

 

 

──これは、母とぼくの束の間のデート──

 

 

密やかに楽しんでこそが醍醐味なのは、どんなデートだって同じだ。

 

母の居室の整理をして出口に向かうと、大広間の一番奥にいる母と目があった。右手を高く高く挙げて力強く手を振ってくれた。

 

 

──またね──

 

 

帰りのエレベーターのセキュリティロックを解除するため、いつもエレベーターホールまでスタッフの方が引率してくださる。

 

 

「4日連続でいらしてくださって、ありがとうございます」

「こちらこそ、毎日、ありがとうございます」

 

 

とても前向きな表情が印象的なあの青年をみると、いつも誰かのことを思い出しそうになるのだが、未だに思い出せない。この穏やかな雰囲気を携えた他の誰かを知っているはずなのだけれど…。きっと久しく会っていない方に違いない。いつか果たされるかもしれない再会のとき、この謎が一気に解き放たれることだろう。

 

今日、持ち帰った洗濯物が仕上がったら、また母に逢いに行こう。そのときは、一緒に夕暮れを観られる時間にしたい。母とそんな時間を過ごしたことは、たぶんこれまではなかったはず。

 

母がそのことを憶えていられなくてもいい。ぼくが憶えておくから。幼いころのぼくに母がそうしてくれたように、ね。

 

 

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【困った。実に困った。】

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2018年1月3日

 

いや、これはむしろ、「感激」というのが相応しいのかもしれない。

 

昨夜、ひっそりと炊き上げた十六穀米入り玄米…これが、あまりに旨いのである。

 

凡庸で退屈な食事の席では他のことに気を取られがちだが、この茶碗の前では目線を、意識を逸らすことができない。

 

 

──米だけ食べてこんなに美味しいと思えたことは、かつてあっただろうか?──

 

 

判断を鈍らせるような、気持ちを高揚させる出来事は何もない。けれど、米が、この米が、旨いのである。

 

近頃では珍しく、一膳では止まらない味わいだ。

 

 

──困った。実に困った。──

 

 

けれど、先程まで感じていた寒さは遠のいた。身体が消化活動に入り、エネルギーを使い始めたのだろう。この満たされている間に、今夜は早々に眠ってしまいたい。

 

実のところ、最近またうまく眠れなくなってきている。床のなかで温まって、まもなくエンディングを迎える読みかけの小説の世界に浸ろう。

 

それで今夜は、きっとぐっすり眠れる。

 

 

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【熱狂は心のうちにだけあればいい】

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2018年1月3日

 

発熱〜咳〜インフルエンザ〜咳──。

 

11月下旬からおよそ一ト月以上も風邪にまつわる症状に見舞われていたため、この2年ほどでせっかく習慣化したコーヒーの嗜みが滞ってしまった。

 

三が日の静けさを噛みしめるようにして、今日からまた、習慣を再開。豆の保存も淹れ方もだいぶまともにできるようになってきたのか、久々のこの嗜みも、いい香りをたっぷり味わうことができた。

 

たしか2015年の大晦日、偶然のめぐり合わせから得た直感で、これまで進んでは飲まなかったコーヒーを淹れてみることにした。母が昔、喫茶店をやっていたことがあって、一通りの道具は揃っていたが、そのあと案の定のめり込んであれこれと買い足す羽目になり、現在に至るっている。

 

最初は香りを聞くだけでいいと思っていたのに「せっかくだから」と飲んでみると、探究心に火がついて色んな豆の魅力を知りたくなり、次々試し始めた。その年の秋、「思い込み」を振り払い、いかなるときも無限の可能性がそばにあること実証するために独り向かった欧州ギター行脚では、ロンドン〜パリ〜ベルリン〜ミラノで現地の味を堪能。

 

「このために始めた習慣だったのか?」

 

と思わせるほどの興奮を各地で味わうことができた。

 

年末のながい不調のせいもあって忘れかけていたことがある──。

 

コーヒーを淹れる時間の静けさがこんなにも心地よいものだということを。

 

 

──静けさをもう一度──

 

 

この一年、母の不在によってもたらされた無意識下の不安が、ぼくにたくさんの都合のいい言い訳を用意させてしまった。

 

丁寧に暮らそう。

 

熱狂は心のうちにさえあればそれでいい。

 

 

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【真夜中の土鍋米、6合半】

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2018年1月3日

 

未明の真夜中に、米を炊く──。

 

「玄米にもち麦」という組合せが最近の定番になっていたが、今夜はだいぶ久しぶりに十六穀米を混ぜた。この赤飯のような色味が着いた仕上がりは、実に懐かしい感じだ。

 

「業務用」と謳われた十六穀米は、かつて愛用していた汎用品とは異なり、炊いている最中から期待を募らせる甘い香りを放ち始めた。

 

 

──この、美味いものが仕上がりそうな予感に対する興奮は、いつごろ記憶に埋め込まれたのだろう?──

 

 

そんなことを思い浮かべながら、室温10℃の凍えそうな台所でひとり、仕上がりを待った。

 

食卓の楽しさもまた、母が自然にぼくに教えてくれたもの。雑穀米も、昔、米不足になってタイ米を緊急輸入したころに母が試し始めてから、我が家では当たり前になった。以来、かみごたえの少ない白米が物足りなくなってしまった。

 

 

──もぐもぐ噛みたい──

 

 

炊き上がった米は、6合半=およそ1kg。母がいつも炊いていたのと同じ分量だ(2kgの米を買って2回に分けて炊いていた)。普段の作法に則り、冷凍用の容器に小分けにして、即座に保管。

 

いつお腹がぐぅっと鳴っても、これで安心。

 

 

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