主夫ロマンティック

独身中年男子=川瀬浩介の介護録──母が授けてくれたこと

【真夜中の巨大サラダ、再び】

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2018年11月13日

作り置いた品品をたっぷりのせてサラダを頬張る24時──。いただき物のマンダリンの香り漂うオリーブオイルが、脳を心地よく刺激してくれる。

この時間、東京は、雨──。

調子を崩してからながらく休止していたトレーニングを今夜、再開する。


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【魂の浄化──映画《ボヘミアンラプソディ》から呼び覚まされる想い出】

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2018年11月9日

公開初日の映画を観に行ったのはいつ以来だろう?

もう夜も更けた時間だった。〈ボヘミアンラプソディ〉を突然に聴きたくなって、Spotifyから居間のテレビスピーカーに接続して再生を始めた。


──そういえば、今日が公開初日だ──


観たい映画は、独りで観に行くことがほとんどだ。そのとき湧き上がった様々な想いをそっと独り噛み締めたいし、圧倒的な時間を体験したあとは、自然と言葉を慎みたくなる。そして映画なら絶対に、観終わったあとの街も静まり返っている深夜に観たい!

今夜も急に思い立って出掛けた。もちろん、ネットから座席指定をして予約。中央後方の、ぼくにとってのベストポジションからそっと味わうために──。


──「きっと泣くだろうな」──


伝記的映画──知っているエピソードの前後関係が事実と異なっている部分などあって途中までは冷静に観ていたけれど、幼い頃から聴き馴染んだ名曲の数々が流れ出すと、自然と込み上げてくるものがあった。


──そしてクライマックスへ──


最新映像技術を駆使したそのシーンは、本当に本人達が乗り移ったかのようで、その世界に没入していた。涙が流れ落ちていくに連れて、ながらく背負っていたものから解き放たれていく──そんな感覚に満たされていった。


──音楽の力=魂の浄化──


同時に、このクイーンというバンドを介して、我が家族にもたくさんの想い出があることを回想していた。

クイーンの全盛期、ぼくはまだ小学生。そんなぼくが子守唄代わりに彼らの曲を耳にしていたのは、12歳離れた兄がいたお陰だった。当時の兄は、高校生で思春期真っ盛り。70年代〜80年代初頭までのロックの名盤の数々が我が家には揃っていた。


David Bowie
Pink Floyd
King Crimson
Cream
Japan


そのなかでもよく掛かっていたのが、クイーンだった。

小学校の半ばに差し買ったころ、巷にはラジカセブームが到来。もれなく波に乗ったぼくは、本体と合わせてカセットアルバムを買ってもらった。最初に選んだのは、Queen “The Greatest Hits”だった。

その1曲目に収められているのが、今回の映画のタイトルにもなった〈ボヘミアン・ラプソディ〉だ。本編ストーリーでも取り上げられているが、それを聴いた当時も、アルバムクレジットをみて「6分」という曲の長さに驚いた記憶がある。


──「こんなに長い曲を書くなんてすごい」──


まさか未来に、自身が作曲活動を行うだなんて夢にも思わなかった少年の、それが素直な感想だった。

小学6年生のとき、母に付き添ってもらって、シーズンオフの西武球場まで向かった。


──クイーンの来日コンサートを観るために──


ぼくからせがんだのか? 生きることを楽しむ天才である母が勧めたのかは憶えていない。少し肌寒い西武球場の一塁側スタンドから、遠く離れたバックスクリーン側のステージを見つめては、曲の終わりで奇声をあげる大人たちに混じって大声を上げていた。

母と所沢で過ごす時間は、それが最後になるはずだった。


──この夏、母が所沢の病院に入院するまでは──


この秋の見舞い期間中、所沢駅はとても賑わっていた。


──西武ライオンズ 10年ぶり リーグ優勝──


ぼくが観たクイーンの来日公演は、今確認すると、1982年11月3日と記録されている。その年のライオンズは、所沢に本拠地を移してから初めての日本一を勝ち取っている。


──ライオンズが優勝した年に、またこうして所沢で過ごす時間が巡ってくるなんて──


──予め記された物語──


ぼくは今年、まるで予定されていた通りここへ帰り、何かの気づきを得るよう促されたのだろうか?

人はその歩みのなかで、いくつもの岐路に立ち、行先を思案する。しかし、もしかすると、自らどこへ向かうのか? 心の奥底では決めているのかもしれない。


──フレディ・マーキュリーの物語も同じだろう──


この曲を初めて聴いてから、もう40年ほどの時間が経った。歌に込められた意味に想いを巡らし、そこにどんな心境が込められていたのか?──その謎が、この映画を観てわかった気がした。同時に、〈ボヘミアン・ラプソディ〉というタイトルと歌詩との関連性も──。

歌詩の冒頭、「命を絶たれたある男」とは、フレディ・マーキュリーそのもの──そう解釈すると、全てが繋がる。


──何かを知るには、ながいながい月日が必要になることもある──


ぼくがクイーンに出逢っていなかったら──それからあとの出来事は、すべて違っていたかもしれない。


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【当たり前のことを当たり前に行うこと】

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2018年11月9日

脳に覚えこませてしまった悪習はなかなか取り除けない──今週は、買食いばかりしていた。

食事を作るのも億劫になると、その気持ちの隙間に、ジャンクフードを腹一杯を超えて、「はち切れんばかりに喰らいたくなる欲望」が割り込んでくる。


──何度繰り返しても、明日は変わらない──


そんなことはわかっているというのに…。

ぼくが幸運なのは、そんなとき、戒めとなる出来事が必ず巡ってくることだ。無理が祟って体調を崩すというわかりやすいツケに見舞われるのはもちろんのこと、今の自分を映す鏡のような出来事に遭遇する。

この1週間もそうだった。目の前にある鏡に映る自分を見つめながら、たくさんのことに想いを巡らせていた。


──帰ろう──


日々の暮らしに戻るときがきた。静けさの中にこそ、ながらく追い求めている何かがあるはずだ。ここから、もう2度と、後戻りしないように、改めて丁寧な暮らしを絶やさず続けていこう。


──絶やすべきなのは、甘え──


ぼくが、こうしてここにいることが、何よりも大切──そのために欠かせないのは、ただただ丁寧に日々の暮らしを全うしていくこと。

食事を作りながら気持ちを整えていると、そんな当たり前のことが再び呼び覚まされてくる。


──当たり前のことを当たり前に行うこと──


それこそが、もっとも難しいことなのだ。

ぼくが向き合うべきことは、まさにその「難関」に他ならない。この大きな壁を超えていこう。


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【今も腕のなかにある小さな希望】

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2018年11月5日

暗雲垂れ込める──今日の空模様は、まさしくそんな雰囲気を漂わせていた。厚い雲が空を覆い、光を遮っている。こんな日には、どうしても朗らかな気持ちにはなれないものだ。雨も降り出した。鳥は木陰で羽を休めている──人も自然のリズムに合わせていたら、いまのシステムのなかでは生きていけないのだろう。

1週間振りに母に会った。退院して特別養護老人ホームに戻ってからは、顔を出す機会を少し加減している。あらゆる選択の背景と同じように、そのようにした理由は様々あるのだけれど、ひとつは、気持ちの負担をそろそろ軽減していく必要があると感じているからだった。

会話らしい会話もできない母との時間は、決して楽なものではない。朗らかで穏やかな笑顔を見せてくれる母を見つめていると、思わず笑みをこぼしてしまう自分がいると同時に、この時間にはそろそろ終わりが見え始めていることを感じてしまう。

これまでどんなに長い時間を過ごしてこようと、過ぎし日の楽しかった出来事を思い返したとして、湧き上がるのは溢れるものばかりだ。いつか来たる不可避なその瞬間の出来事も、遠き日には過ぎし日のことに変わる。そのとき、一切の後悔なく今を振り返ることができるかと問えば、それは不可能な願いだ。


──2人のための選択──


それは、介護者としての暮らしが始まった6年前、日々悶絶し苦悩し悲嘆に暮れながら見出した言葉。いや、それは希望にも似た想いだった。前に進むために、どんなときも母とぼく2人に必要だと思える選択を──それを繰り返してきた。

望む今を創るために、ぼくは現状を変えようと必死だったけれど、あいにく、今の今まで大きな変化は果たせないままだ。そうしてもがき苦しむ時間のなかで、気づけば時間切れになってしまった。そして、2人のための選択は、選択肢を失っていった。

 

ぼくひとりで母を看るには、もうどうすることもできなくなっていた。


──こうする他ない──


我が家がそれでも幸運だったのは、特別養護老人ホームへの入居の段階で、母の認知機能が緩やかに衰えていったことだ。健常なままであれば、きっと母は入居を拒んでいたに違いない。

さらにぼく自身が独り身であったということ──それも、入居申請を出して数ヶ月という短期間で早々に受け入れていただけたひとつの要因だったと信じている(2年以上待つことも多いと聞く)。

結局、苦悶しながらどうにか道を切り開こうともがいていたけれど、「そのとき」がくるまで、事態は何も動かせなかったのだと、今、改めて感じている。

介護者としての使命から少し荷を下ろした今は、ゆっくりと自分の暮らしを建て直している最中だ。これもなかなか思うようにはいかないけれど、もうじき「そのとき」が訪れるような、そんな予感のような期待が立ち込め始めている。

夕暮れ時、母の居室に入ると、母は今日も静かに寝入っていた。昼間にケアドッグの訪問があったそうで、職員の方が犬と戯れる母の姿を写真で見せて下さった。心地よい疲れが身体と心を包んでいたのだろう。とても穏やかな表情だった。


戌年の息子を2人も生んだくらいですから、お犬様とは相性がいいはずです」


そう言えば、母は山羊座──ぼくたち兄弟が、見守ることが使命なのかもしれない。

そんな話題を母にすると、いつもの笑顔で、最近お気に入りのOKサインをぼくに力強くアピールしてくれた。晩年に、母の笑顔がこんなにチャーミングだと気づかせてくれたことは、ぼくのこれからの暮らしの支えになると近頃よく感じている。


──人を喜ばせる──


「charm」の意味を知ったとき、この言葉をますます好きになった記憶が最近よく思い出される。

 

 

──苦しいときこそ、笑う──

 

 

母のような笑顔をぼくもこれから携えていきたい。

今日は、ぼくのアルバム《A Small Hope》を母に聴かせてくださっていた。ちょうど流れていたのはタイトル曲〈A Small Hope〉──静寂のなかにある切なさや豊かさ、そして荘厳さと力強さを表現したような曲だ。

母の急変で追い詰められた制作時期──あの日々に感じた〈小さな希望〉は、今も確かにぼくの腕のなかにある。



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【人は一人では存在し得ない】

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2018年11月5日

昨夜から昆布と煮干しを水に浸して、久々に丁寧に出汁を取った。先月、珠洲への出張の際にいただいた、あご出汁のお椀がとても美味しくて、また自家製出汁に興味が湧いているこの頃である。

あご出汁も自宅で取りたいのだけれど、まずは市販のものを手に入れて味見をした。当然だが、珠洲でいただいたあの味はでるはずもない。それでも、取り立ての昆布と煮干の出汁にあご出汁を合わせてみると、同じとまではいかないまでも、脳が冴える味がした。


──これが求める食事の在り方──


身体と心を育むには、脳の健康が絶対条件──母が55年に渡って守ってくれていた台所を引き継いでから、6年が経った。その間、自分で母の食事の世話をしながら、母の偉大さと母への感謝と共に、食の大切さを改めて実感する機会がとても多かったような気がする。

母は2年ほど前から入退院を繰り返し、自宅での生活が難しくなった。春に特別養護老人ホームに入居してから、早いもので、もう半年ほど経つ。入居前の3月、一時帰宅が叶ったときは、ちょうど父と母の結婚記念日だった。その二泊三日の間は、母の好物ばかりの品品を作った。それが今では、事実上、我が家での最後の食卓となっている。

以来、誰かのために食卓を作ったことはない。

母はよく口にしていた。


──「自分のためには料理は作らん」──


母のその気持ちを、今ではより強く想像できるようになった。

40代になったころ、人はなぜ誰かと共に過ごすのかをよく考えるようになった。人は一人では生きていけないとはよく言うけれど、それ以前に、見過ごしていたことに気づいた。


──人は一人では存在し得ない──


「ぼく」という存在は、他者からの印象によって形成され認知されてこそ、初めて存在するのだ。

科学の世界でも、人が何か対象を見つめる瞬間に粒子が集まりそこに存在として現れると考えられているという。つまり、誰かが何かを見つめるまでは、そこには何も存在していないのだ。まさに、誰かがぼくを見つめたとき、初めてぼくという存在は「ここにいる」ことになるのである。

食についていうなら、一人で食事をしても、それを食べたことにはならない──そんな気がしている。誰かと一緒に食卓を囲み、その時間を共に過ごしてこそ初めて、「いただいた」ということになるのではないか?(ひとりで食事をするということは、どこか、自ら存在を消す行為に通ずるような印象がある──誰にも邪魔されず、自分だけの時間を過ごす──それが心地よいときがあることもよく知っているけれど)。

そう思ったとき、そのときまで絶えず食卓を守ってくれた母に、なによりも大きな感謝の気持ちが湧き上がってきた。

そんな我が家の食卓が消滅して、そろそろ2年になる──果たして、ぼくは今、この我が家と呼ばれる場所に存在しているのだろうか? ぼくを見つめる誰もいないこの空間のなかで…。

そんなことを時折考えては、汚されることのない静かな時間を今も独り弄んでいる。


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【大切なものはいつもそばにある】

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2018年10月29日

退院以来、初めて母に会った。西陽の差し込む部屋に移って、母は和かに音楽を聴いていた。

施設の方に様子を聞くと、退院してからよく食べるようになったらしい。嚥下機能向上のためのリハビリも入院中にしていただいていたから、その効果が現れているのだろう。自分でスプーンを持って、食事を口に運んでいるようだ。


──まだまだ、生きる気力に溢れている──


母の体調と相談しながら、既に修理が完成している義歯を合わせに横浜の歯科医院へ向かいたい。歯が入っていないせいもあって、今は殆ど発音が聴き取れない。それでも、このところ話す言葉は限られているから、母音や子音の僅かな部分から察して、正解を導き出している──そんな芸当ができるようになったのは、それだけ母との時間を過ごしてきたからだった。

言葉の替わりに、母はとびきりの笑顔をぼくに向けてくれる。ぼくが誰なのかはもう殆どわかっていないのだけれど、ぼくの顔をみては、微笑みを浮かべる。


「そんなに楽しいの?」


そう伝えると、母は顔をくしゃくしゃにして笑いながら、元気いっぱいに指でOKサインを作ってぼくにアピールしてくる。


「よかったねぇ」


そう応えると、次の瞬間、ぼくは不覚にも天を仰いだ。

昨日の夜、母が使っていた居室から居間に足を踏み入れた瞬間、老いて身体が小さくなった母が、わずか10センチの幅の敷居を一生懸命またいで渡っていた姿が蘇ってきて、咄嗟に嗚咽してしまった。

時おり、そうした瞬間に見舞われて苦しくなる。


──ひとりでよかった──


こんなときは、そっと静かに過ごすのが性に合っている。

夕暮れに差し掛かった街は、秋らしい色に染まっていた。ぼんやり景色を眺めながら、無意識に、我が街の風景に、これまで目にした国内外の車窓からの風景を重ね合わせていた。


──京都・高松・バリ島・ロンドン・ベルリン・台北──


旅先で見る景色はどれも新鮮に映る。しかし、よく目を凝らしてみれば、ここにも探し求めている美しさや穏やかさがあるのだ。


──いつもそばにある大切なものに気づくとき、自ずと穏やかな気持ちになれる──


目覚め始めたわずかな騒めきは、こうして暴走する前に静まった。

ほんの少しだけ、疲れているんだ。またには自分に優しくしてみよう。


今日、母の居室に腰掛けていると、不思議な感覚に包まれた。


──大きな何かが、ぼくを背中から包んでくれている──



(大丈夫。何も心配はないから)


その安心感は、少し背中を丸め気味に腰掛けていたぼくに、そう伝えてくれているようだった。


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【なんの不安もなく街を歩く休日】

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2018年10月26日

給料日直後の金曜日──わかりやすい理由がそうさせたのだろう。街は異様なほど賑わっていた。

そんななか、ぼくは1人、新宿の映画館へ。


──2001年宇宙の旅──


2001年のリバイバル上映で初めて劇場体験をして以来の映画館での鑑賞。そして今年は、公開50周年らしく、IMAXシアター版での上映を体験できた。

オリジナル70mmフィルムに限りなく近い映像…そんなことよりぼくが興奮したのは、恐らく劇場内に5世代に渡る層の観客が同時にスクリーンを見つめているという事実の方だった。

ぼくよりひと世代上の方は、当時まだ子供だったけれど劇場で体験しているはず。ふた世代上の方は、公開時には青年期で、この映画の登場に最も驚嘆された世代であろう。ひと世代下の方は、2001年のリバイバル上映も見ているかもしれない。ふた世代下の皆さんは、DVDやオンラインサービスで見たことがある、もしくは、初めて観るのかもしれない。


──5世代同時に楽しめる作品──


映画に限らず、時を超えて、それが叶う作品がどれだけ存在するだろうか?

本作を監督したスタンリー・キューブリックは、21世紀を見届けることなくこの世を去った。21世紀の世界を描いた本人が、実際の21世紀を知ることができなかったとは…。言葉がない。

この作品を見終えると、いつもアーサー・C・クラークによる原作を読みたいと感じる──そう何度思ったことか──本棚にずっとしまわれたままの文庫の背表紙を今日も見返しては、そんなことを振り返っている。

それにしても、休日に何の心配もなく街を歩くなんて、いつ以来だろうか? この6年、たくさんのことがありすぎて、記憶がぼんやりとし始めている。

さて、来月はやはりこの映画を観るのだろうな。号泣、必至か?(苦笑)


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